アヴェスターにはこう書いている?
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北河大次郎、後藤治 編著 『図説 日本の近代化遺産』

 近代化遺産という言葉は、1990年(平成二)から文化庁がその全国総合調査を始めるにあたり造語したもので、正確には、幕末期から第二次世界大戦期のあいだに建設され、わが国の近代化に貢献し、近代的手法でつくられた産業・交通・土木にかかわる建造物などをさす。(p.6)


近代化遺産という言葉が官製のものだったとは知らなかった。まぁ、その前から誰かが唱えていたのを文化庁が採用したのかもしれないが。

高度成長期が終わって過去を振り返る機運が高まり、第二次産業による成長に限界が見える中で、地域の歴史や文化を観光へとつなげていこうとする動きが出てきた70年代以降の世相や、政治史や経済史だけでなく身の回りの事柄を扱う社会史などが流行しはじめた80年代の歴史学における動きなどが、こうした言葉の登場の背景にあると思われる。



また、個別のデザイン的な価値よりも、複数の構造物が構成するシステム自体に価値をもつことが多い近代化遺産の特質を明らかにするために、周辺の関連施設もあわせて紹介している。(p.6)


本書の編集における方針を述べた箇所であるが、「近代化遺産」というものの性質として重要な点を指摘しているので抜粋した。個人的には、本書から得た大きな収穫がこの指摘であった。

近代化遺産は観光する場合にも、政治や宗教における重要な建造物や大資本家たちの持つ豪邸などのような「派手さ」はない。近代化遺産は実用的な目的のために作られたものであり、実用的なものは複合的な状況の下で特定の問題を解決するように機能する。従って、個々の近代化遺産が機能していた前提となる複合的な状況を理解して初めて、それが果たしていた機能を理解することができる。近代化遺産は形状だけを見ても、それほど面白いものではないことが多い。その機能を理解するためには材質、形状、制作年代、使用者などを理解し、また、実際にそれが機能していた状況を把握して初めてその面白さや意味が理解できる。このように考えてみていく必要があるように思われる。



 土地や景観については、周辺の土地が建造物と一体的に残る旧手宮鉄道施設では、扇形の機関車庫をコンパクトに建設することで、狭小な土地を効率的に利用しようとしていたことが理解できる。(p.15)


この旧手宮鉄道施設は小樽市総合博物館にあるのだが、3年ほどの修復を終えて2010年の春から公開されるという。是非見てきたいところである。



 わが国は、資源の少ない国とよくいわれる。けれども、石炭が主要なエネルギーであった時代には、それなりの資源をもった国だったのである。わが国が驚異的な速度で近代化を達成し先進国の仲間入りを果たせた理由の一つに、こうしたエネルギー事情があったことを忘れてはならない。(p.39)


なるほど。明治から昭和の半ば頃まで石炭は重要なエネルギーだった。その間、日本には九州と北海道の炭鉱がそのエネルギー需要を支えた。もしこれがなければ、日本政府はいわゆる「近代化」を進めようとする際に、より多くの外貨を必要としたわけだ。明治の途中までは日本政府には外貨がそれほどなかったことを考えると、「近代化」の初動期に外貨なしである程度のエネルギーを確保できたということは、それなりのアドバンテージとなっていたと言えるだろう。



1914年といえば、同じ年に赤レンガの東京駅が完成しているが、当時の駅は大部分が木造で、レンガ造によるものはごくわずかであった。
 これは、駅舎のように将来の需要予測がむずかしい建物は、とりあえず最小限の規模で建てておき、必要に応じて拡張すればよいとする考え方が一般的であったためとされ、結果的に簡単に改築でき、工事費のかからない木造建築が主流となった(p.51)


1914年は大正3年だが、昭和初期にはもうコンクリート造の駅舎が作られ始めるから、レンガ造の駅舎というのはそれほど長い期間は作られなかったことになる。大正12年の関東大震災が大きな影響を及ぼしたのだろう。



寺院や神社への参拝というと昔ながらの習慣のように感じられるが、寺院や神社が観光の対象となり、最も参拝者が集まるようになったのは、意外にも近代のことなのである。(p.53)


寺院や神社などを訪れていたのは、どのような人だったのか、歴史を紐解いてみると意外なことが分かるかもしれない。仮説としては、「近代化」以前は相対的に身分の高い人が訪れていたのではないだろうか?もちろん、宗教によっても違いがあるだろうし、社会によっても違いがあるだろうし、時代によっても変わるだろうが。


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