アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

白井恭弘 『外国語学習の科学――第二言語習得論とは何か』(その1)

外国語の知識があまりないうちから、積極的に話すと、変な外国語が身についてしまう可能性があるのです。(p.16)


自分の話としてちょっと危険性がある問題だと思われたので自戒のためメモしておく。



つまり、大人の学習者がネイティブのように話せるようになるには、ルールを覚えてそれを適用するよりも、膨大な数のフレーズを覚えて使いこなすことがより重要なようなのです。(p.61)


試してみたい。



人間に興味があれば、言語に興味があっても不思議ではありません。(p.65)


女性の方が男性よりも語学に向いていると言われるそうだが、心理学の実験で女性の方が生まれつき人間への関心が強い傾向があることが示されているという。そのため女性の方が男性よりも言語への関心も強く、語学もうまくいくことが多いようだ。確かに、私の知人・友人を見まわしても、明らかに男性より女性の方が語学に堪能な人が多いことに気付かされ、なるほどと納得させられる。



 日本人が英語ができない、もうひとつの大きな理由には、動機づけの弱さがあります。つまり、日本にいれば、英語が使えなくても実際問題としては困らないのです。(p.73)


同感である。本書ではフィリピンやインドやシンガポールなどでは状況が異なっていることが例示されているが、明らかに日本とこれらの地域では状況が異なっている。

なお、日本人が英語ができない理由は複数あるが、そのひとつは日本語と英語の言語間の距離が離れていることである。ヨーロッパの言語などと比べて日本語は英語と構造が相当異なっているため習得が難しいということ。中国語を少し勉強してみて、いかに英語が日本語と相性が悪いかということを私も実感として感じているが、その実感と一致する。



つまり、学習対象言語を話す人や文化に好意をもっている学習者が外国語学習に成功する、ということです。(p.75)


「統合的動機づけ」というそうだが、これも頷ける。実際、やたらと外国語がうまい人はこういう傾向があることが見て取れる。そう考えると、私の中国語学習はあまり成功しないかもしれない…。ただ、中国語話者の友人が割と多いことは、私にとっては統合的動機づけに一役買っているかもしれない。



 ところが、三単現の-sだろうが過去形の-edだろうが、とにかく教えさえすればすぐに使えるようになると教師や学習者が思っていたら、非現実的な期待をしてしまうわけです。「自分は情けない」なんて自己嫌悪に陥って英語が嫌いになってしまう中学生もいるでしょう。だから、このような研究は重要なのです。(p.128)


文法項目は習得できる筋道が概ね決まっているのだという。だから、説明を聞いて頭で理解していても、それを使いこなすのは習得する順序が来てからでなければ難しいということ。教師から教わってもそれが必ずしも実際に使えるわけではない、ということを知っているかそうでないかによって、教える側も教わる側も心の持ち方が変わってくる。なるほどと思わされる。



 よって、現状では使える英語力を身につけるという目標を達成するには、インプットの量が不足しています。日本語に訳してからその日本語を読んで意味をとる、というのは、自然な言語習得に必要な「インプットを理解する」という機会を学習者から奪っていることになるのです。(p.134)


本書によると、言語習得に必要な条件は、インプットを理解することとアウトプットの必要性があることだという。私が思っていたよりもアウトプットについては重要性が低いというのが少し驚いたが、アウトプットの必要性があるという状況の重要性は、過去の英語学習と最近の中国語学習を比べて納得できる。この必要性があると明らかにその言語で考える機会が多くなって、さまざまな疑問がわいてきたりする。

また、学習法についてもインプットをもっと増やすにはどうしたらいいか、ということを現在考えているところである。



 インプットを理解することがなぜ言語習得につながるのでしょう。ニューメキシコ大学のジョン・オラーによれば、その言語の「予測文法」が身につくからだ、ということになります。(p.136)


本書は、このように学習法の根拠となる事実や仮説などをきちんと示してくれるのが非常に良いところである。本書にはこれに類する記述に満ちている。

予測文法が身についているかどうかは、早い(自然な)スピードの発話を聞き取れるかどうかということとも関わっているように思われる。



 テキサス工科大学のビル・バンパタンは、文法習得を引きおこすのはアウトプットではなくインプットであるという立場から、大事なのは理解の過程で、文法項目を実際に処理させることである、と主張しています。……(中略)……。よって、教師がインプットする文をコントロールして、ちゃんと文法を処理しないと理解できないような材料を与えてやることが必要なのです。(p.143)


確かに、私は中国語の文法をあまりやっていないので、文法を処理できていないと感じる。単語だけで意味が理解できるような文は聞いて理解することができるが、文法の処理ができていないため比較的簡単な文でも理解が曖昧なことが多い。インプットによる文法習得が必要であると実感する。その際、このエントリーの2つ目の引用文にあるようにフレーズを覚えたりするのが良いのかもしれない。



 ただ、注意すべきことは、多くの実験研究が行われているにもかかわらず、アウトプットそのものが言語能力の向上につながった、という結果はあまり出ていないことです。「話せるようになるには、話す練習をすればいい」という考え方は、一見理にかなっているようですが、研究結果を見ると必ずしもそうではありません。(p.149)


確かに、アウトプットすることでは新しい変化が起きるわけではないから、学習効果はあまりなさそうだ。既に知っていることを話していても新しい知識が習得できないというのと似たようなものだろう。ただ、アウトプットによって、「自動化」の効果はあるようだが。



スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/632-6e055abb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)