アヴェスターにはこう書いている?
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森川清 『権利としての生活保護法 その理念と実務』(その1)

 ケースワーカー必携の『生活保護手帳』の多くの頁は、「このようにすべきだ」という方向を示してくれても、「なぜそうするべきなのか」という「疑問」に明確に応えてくれない場合も多い。そのため、「このようにすべきだ」と「このようにしてはいけない」という二つの規範に間隙があると、誤った方向に解釈されて、権利侵害を起こしたり手続の統一を妨げたりすることもある。
 また、理由がわからないまま事務が行われると、偏見がある場合、「このようにすべきだ」という規範自体をねじ曲げて、違法な行為が行われることとなる。
 そのため、なぜそうするべきなのかという「疑問」に対する回答が重要になってくる。(p.4)


生活保護行政の場合、すべての事を予め想定してマニュアルを作っておくことは不可能であろう。その意味でこの分野では「すべき」と「してはいけない」との隙間は必然的に生じてしまう。運用の統一性と合法性を保持させるには、個別の規範の背景に整合的な論理を見出し、それを明示して個々のケースワーカーに理解させることが有効であるという考え方である。

著者の見解には一理あるが「強い個人の仮定」を前提しているため、これによる効果は限定的だろう。どちらかと言えば、制度を専門分化させる方が効果は大きいように思われる。運用コストや制度改正自体によるコストはもちろんかかるが、著者が問題視するような状況は、受給者(制度利用者)のほとんどあらゆる問題への対応を行っている現行制度では不可避の問題であろう。



 必要十分な人員が確保されていなければ、援助、調査に支障を来し、違法な行為が行われやすくなり、不正受給の防止も困難になるから、福祉事務所の実施体制をみるには、標準配置数が充足されているかをチェックするところから始まる。(p.26)


妥当である。企業でもリストラで製品の安全性や品質などが必ずしも確保できなくなることがある。仕事の種類によってはアイディアを出すことで相当の効率化が可能になることがあり、効率化が作業の質の改善すらもたらすことがあるが、対人社会サービスで人員が削減され仕事量だけは増えるという状況では健全な運営が難しくなるのは当然である。



 福祉事務所において事務を行う職員は、所長の指揮監督を受けて庶務をつかさどる。
 決定された保護費の給付事務、公印の管理、人事・出納・文書管理などの庶務を行う。
 保護費支給事務の電算化によって人員削減されてきたところであるが、電算化の前は決定された保護費のチェック、通知の送付などを担っており、不正防止には大きな役割を果たしてきた。庶務担当を大幅に削減したことは、今日の職員の不祥事・不正の増加に影響がないとはいえないだろう。(p.27)


福祉事務所の体制の中で補助的な事務を行う職員は軽視されがちであるが、実はそれなりに大きな役割を果たしていた。非常に興味深い指摘であり、望ましい実施体制を考える上で参考になる。



 負担金については、現行法が制定された1950年に国の負担割合は80%であった。起草時の保護課長によれば、当時は国の負担率を更に高くすることが論議されていた。
 しかし、1954年1月、緊縮財政に向けて、生活保護費における国の負担を50%にするという提案がなされ、時の厚生大臣が辞任し、最終的に80%が維持されるという事件が起きた(なお、国負担80%維持のため、保護基準は凍結され、保護基準の引き上げは朝日訴訟東京地裁判決を待たなければならなかった。)。(p.29)


保護基準が比較的低位に差し置かれていたことの背景。



 なお、地方交付税算定のため、都道府県の生活保護費の財政需要の測定単位として町村部人口、市部の生活保護費の基礎財政需要額の測定単位として市部人口によるものとされている(地方交付税法12条1項。福祉事務所を設置する町村については、特別交付税に関する省令3条2項)。単位費用は、人口1人につき、6630円(都道府県、町村部)、6610円(市部)となっている(地方交付税法12条4項、別表1、平成20年度)。
 地方交付税算定の基礎とされていても、標準団体行政規模に基づくものであるため、保護率の高い自治体や被保護者が急増している状況には対応しきれない。例えば、2008年度は、人口10万人の市において1050人が生活扶助を受けている計算であって、保護率は1.05%の想定である(都道府県もほぼ同じである。)。
 被保護者が急増している状況における地方自治体の財政への圧迫は極めて大きなものとなる。(p.30)


保護率1.05%という想定が如何に現実から離れた数字であるかということは、一つ前のエントリーに記録した釧路市の保護率が現在5%を超えているということを挙げれば容易に了解されるだろう。もっとも、釧路市はやや極端な例だが、それでも保護率が増えれば増えるほど末端の自治体の財政が圧迫される構造は、「水際作戦」のような対応を助長しているのは確かだろう。もちろん、中央政府の財政も圧迫されるのだが、その場合には厚生労働省自体が圧迫されるというよりは、そのしわ寄せの多くは財務省に寄せられるので、厚生労働省は自治体と比べると保護費削減の方向には傾きにくい傾向がある。そうした観点からも中央政府の負担割合がもう少し増えること(全額負担とは言わないまでも)が望ましいだろう。

ただ、私は現時点で生活保護の基準の引き上げや母子加算や老齢加算の復活には否定的である。全体的に社会の生活水準が下がっている現状では、生活保護に至る前の段階の社会保障制度を手厚くすると同時に累進的な構造を持つ税制を構築しながら増税することによってそのための財源を賄う必要があるのであって、生活保護制度に手をつけるのは手順としては一番最後にするべきだろう。あるいは、社会保障制度を構築する過程で生活保護制度の一部をその制度に組み替えてしまうべきだろう。


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