アヴェスターにはこう書いている?
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杉村宏、岡部卓、布川日佐史 編 『よくわかる公的扶助 低所得者支援と生活保護制度』(その2)

現在、生活保護受給世帯の約5割が「高齢者世帯」、約4割が「傷病・障害者世帯」、そして残りの1割が「ひとり親世帯」と「その他世帯」となっています。また、その大半が老齢年金、障害年金、児童扶養手当等の対象世帯です。これらから、他法他施策は資格要件、制度運用、給付水準の低位性から防貧的機能を果たしていないと読みとることができます。(岡部 卓)(p.25)


以前、日本で「格差」が問題とされ始めた頃、問題なのは「格差」ではなく「貧困化」であると考え、生活保護制度をはじめとする社会保障について若干学び始めたのだが、生活保護について制度や実態を知れば知るほど、「他法他施策」の貧弱さが目に付くようになってきた。

ワーキングプアやニートなどが問題とされているが、そうした問題に対して法律家や市民運動家たちの中には、彼らに生活保護を受給させろとして運動している人が増えている。しかし、日本の生活保護は「生活丸抱えの制度」になっており、一度制度が適用されてしまうと、そこから抜け出すことは容易なことではなく、「自立助長」を目的としながらも、現実には「自立阻害」をする制度設計になっている。生活保護法やその運用に働きかけて「利用しやすく自立しやすい」制度にするというのは、他法他施策が貧弱である現状では遠い夢物語である。よって、生活保護制度をやたらと利用促進したり、制度をいじる前に、防貧的な効果の高い社会保障制度体系を構築することが先決である。

もっとも、社会保障制度を構築することの前に行うべきは、経済・金融政策や労働分野の制度改正であり、また、税制もそこに絡んでくる。壮大かつ緻密な改革が必要であるため、おそらく誰がやっても特定のアクター(政府を含めて)が「改革」を完結させることは不可能である。

現行制度を改良しながら、複数の制度間の連携を深めていく方向でボトムアップ的に進めていかなければならない。政治が大まかな方向性を示しながら、官僚がその方向性に準拠しながら制度設計していくことが望ましい、というか、それ以外のシロウトや御用学者の意見を重視して進めていけるような話ではないように思われる。政策形成においては、制度を熟知している諸官僚の力を活用しなければならない



 つまり、生活保護法という一つの法の中に、「無差別平等原理」という一般扶助の原理と、「補足性の原理」という制限扶助を可能にする原理という、根本的に矛盾する条文が混在しているといえます。(p.29)


生活保護制度をめぐってしばしば見られる言説であり、「人権を擁護すべき」という方向で左派的な立場からよくこうした言説が発せられる。しかし、彼らは「無差別平等原理」の原理主義に陥っているのではないか。

無差別平等の原理を定めている生活保護法第2条では「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる」とされており、無差別平等に受けられるのは「法の要件を満たす限り」なのであり、この「要件」は補足性の原理を定めた第四条に規定されているのである。すなわち、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」(第4条1項)としている。(ちなみに「要件」という語が登場するのは生活保護法ではこの2箇所だけである。)

すなわち、「補足性の原理により要件を満たす場合に限り無差別平等に保護を受けることができる」と解されるのであって、どのような条件であっても無差別平等に、すなわち誰でも普遍的に保護を受けることができると書かれているわけではない。したがって、無差別平等原理と補足性の原理は確かに志向性は逆方向を向いている部分もあるが、それらは「矛盾」するのではなく「相互補完」していると解するべきである。

実務家、法律家、研究者を問わず、いずれの著者であっても、「人権擁護派」の著者は「無差別平等原理」を拡大解釈する傾向が強く、「補足性の原理」を「悪」として退け、その価値を低めようとする傾向があるが、そうした記述の中で、彼らは法文を読まずに「無差別平等」という言葉に引きずられているとしか思えない記述が散見され、せっかくの人権擁護の論理をむしろ彼ら自身が損ない、脆弱にしてしまっているように思えてならない。



 近年、①被保護世帯の抱える問題の複雑化・多様化、②保護受給期間の長期化、③被保護世帯数の増加、といった状況を踏まえて、「経済的給付を中心とする現在の生活保護制度から、実施機関が組織的に被保護世帯の自立を支援する制度に転換すること」を目的として、「自立支援プログラム」が生活保護制度に導入されました。このプログラムの大きな特徴は、先の二つの目的のうち、「経済的給付(所得保障)」をとおした「最低生活の保障」よりも、「自立の支援」を通した「自立の助長」を優先しているという点に求められます。(p.29)


自立支援プログラムというものが導入されたことの意味については、なかなか意味が理解しにくかったが、政府の意図としては自立助長の方向へのシフトにあると位置づけられるらしい。ヨーロッパのワークフェア型の公的扶助制度への移行を指向しているのか?

この際の自立は「就労自立(経済的自立)」と「社会生活自立」「日常生活自立」があるというのだろうが、社会生活自立や日常生活自立というのは生活保護制度の範囲外で行うのが妥当ではないか、といつも思う。なぜならば、年金や給料等の収入が若干保護基準を上回ったり、ある程度の資産があるため生活保護を受給できないが、社会生活自立や日常生活自立が不十分な人というのは、世の中には沢山いるはずであり、彼らの社会生活自立や日常生活自立は何らの支援も受けられないのに、生活保護を受けられる人にだけそうしたサービスがなされるのはサービス過剰ないしサービスの逆転現象になると考えるからである。

「人権派」の論客の多くが強調する就労自立以外の自立は本来生活保護の制度とはあまり関係がないのであり、制度外でこれらの自立を助長する方法を検討すべきである。


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