アヴェスターにはこう書いている?
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吉田徹 『二大政党制批判論』(その3)

 政党が生存するためには、政党交付金に象徴されるように、まず国家の資源が利用されることになる。さらにコミュニケーション回路への特権的なアクセスを確保しようとする。それまでの政党が機関紙のような独自のメディアを利用していたのに対して、カルテル政党はテレビをはじめとする既存の大衆向けのコミュニケーション回路を利用して、有権者に対する広報手段を独占してしまうのである。
 ……(中略)……
 ブライスとカッツはまた、グローバル化の時代にあって、国際マーケットに対抗するような政策を国家内で打ち出すことができなくなった政党にとって、カルテルを形成して権力を維持しようとするのは合理的な選択のひとつである、としている(Mark Blyth and Ricahrd. S. Katz, "From Cathc-all Politics to Cartelisation: The Political Economy of the Cartel Party" in West European Politics, vol.28,no.1,2005)。なぜなら、とりわけ有権者に不人気な政策をとらなくとも、カルテルのおかげで安定的な環境の中で政権を維持することができ、有権者も政権交代という出来事でデモクラシーが機能していると錯覚することになるからだ。そしてアメリカやイギリスのような二大政党制の国では、とりわけこのようなカルテルが作りやすいという。
 こうしたカルテル政党の誕生は、本来は国家と社会を架橋してデモクラシーを実現する政党の存在意義を、反故にしてしまうことになる。(p.124-126)


権力維持のための政党によるカルテルという構図とグローバル化による政党や政府の有効性の低下というその背景についての指摘は興味深い。

「カルテル政党」とは、職業政治家や専門家によって支配されており、資金源も党員や企業ではなく国家補助金に多くを負う政党である(p.123)。自民党も民主党も間違いなくこうした政党の範疇に入っているが、こうした政党の基本的な特徴は社会に根ざしていないということである。社会に根ざしておらず、政府の補助によって活動を担保されながら、政府と政党が一体となって市民社会から離れて行動するのであり、それを糊塗するためにマスメディアを独占して利用するということであろう。昨今の日本の状況はまさにこのようになっている。



 日本でも、選挙制度改革に続いて政党助成制度が実現したことで、党執行部はこれまでにない権力を手にすることになった。政治資金規正法が強化されて派閥の領袖の影響力は低下し、代わって党組織は中央集権化の傾向を強めた。小泉政権以降、閣僚人事が派閥を迂回して行えるようになったのも、こうした制度改編によるところが大きい。こうした見方は、制度的観点を持たない政治報道では見過ごされている。(p.126)


全く同意見である。こうした党の中央集権化は、小選挙区制における票と議席数の乖離と相まって、党執行部のごくごく少数の政治家の意向が政治におけるパワーの大部分を占めるという形で独裁政治に近い様相を呈することになっている。

政治報道が制度的な観点を欠いており、それが常であることが人びとの制度への無理解を助長し、制度改正の議論がおかしくなってしまうというのではないか、ということもついでに書いておきたいところである。



今では、民主党の収入の85%、社民党の61%が政党助成金によって賄われるようになった(03年)。しかも、助成金は積み立てが可能であるから、政治活動の実績を問わずに資金が自動的に懐に入ってくるような制度になっているのである。
 もし健全な政党政治を標榜するなら、二大政党制の本場であるイギリスに倣って、野党のみに政党助成を行うという制度を導入すべきだっただろう。(p.128)


説得力がある。こうした制度改正をすべきだろう。



例えば、官邸と中央省庁を取材してきた柿崎明仁は、派閥の求心力が低下した結果、政党が世論調査に振り回され、これが劇場政治を作り上げてきた経緯を洞察している(『次の首相はこうして決まる』講談社現代新書、2008年)。(p.129)


こんなことになっていては、まともな政治が行えるとは私には思えない。選挙が政策の選択ではなく政党のリーダーである政治家個人についての「人気投票」に堕してしまうからである。00年代の日本の政治はまさにこうしたことが続いていた10年間だった。



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