アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

吉田徹 『二大政党制批判論』(その2)

 こうしてみると、政治臨調が訴えたのはごくごく単純な「ヴィジョン」であり、制度的観点に限っていえば、自民党改革派に同調するものだった。しかし、それはまた、これまでの自民党政権のもとでの腐敗や汚職、さらに緊張感のない政治は中選挙区制という制度に起因するのであり、これを変えれば根本的なシステム改革につながる、という漠然とした期待感の表明だったともいえるだろう。(p.76)


ここでの政治臨調とは、92年4月に発足した民間の組織「政治改革推進協議会」のことである。

現在の小選挙区制が導入される契機となった90年代前半の政治改革における議論の背景にあった、この漠然とした期待感は結局、小選挙区制が導入されても改善されなかったということが本書では論証されている。



 確かに有権者は、漠然とした形で政治改革と政治腐敗根絶を支持していた。しかし選挙に際して、こと選挙制度の変更については明確な形で争点化されていたわけではなく、決して有権者の支持は厚くなかったという点を強調しておくことは重要である。(p.81-82)


現在の選挙制度は有権者からの支持を受けて作られたものではない。



 助成法の問題はむしろ、小選挙区制とセットになって導入されたことで、有権者の意見分布に比例しない形で財が分配されること、またそれまでの選挙実績に基づいて交付される形をとったため、新たな政党の新規参入を阻害するということにある。(p.83)


政党助成金の問題点。議席数ではなく選挙の票に比例して配分する方が公平ということになる。また、後者の論点は新しい政党ができるのは、既存の政党が分裂してできているだけになっている、ということを浮かび上がらせる。



 小泉首相は、もともと小選挙区反対論者だったが、その制度的特性を最大限に利用した政党リーダーだったといえる。派閥を迂回した組閣や人事を行っても政権が機能しうるのは、小選挙区制の導入によって派閥権力が弱体化していたためであるし、その代替資源として世論を動員し、高支持率を背景に党の中央集権化を進めた。05年の「郵政選挙」で送り込まれた数々の「刺客」候補は、1人しか当選できない小選挙区制度ならではの選挙戦術だった。
 選挙制度の専門家でもある小林良彰は、選挙制度改編と党執行部の権限集中との関連を指摘し、民主的な党内運営が顧みられなくなる「階級化」が、政治改革によるものだったとしている(「袋小路の日本政治――『政治改革』とは何だったのか」『世界』2009年5月号)。ほかの多くの研究が指摘するように「小泉マジック」などというカリスマ性だけではなく、こうして構造的かつ制度的に作り上げられたリーダーシップに、小泉とその内閣は多分に依存していたという点を忘れるべきではない。自民党幹事長室長を30年近く務めた奥島貞雄は、小選挙区制が導入されてから政治家が執行部に逆らえないようになった、と証言している(朝日新聞、2009年9月6日付朝刊)。(p.91)


同意見である。小泉政権は小選挙区制の特性によって支えられていた。

派閥の弱体化による党の中央集権化は、その後、党の人材育成ができなくなるという方向でも「自民党をぶっ壊す」ことに繋がっていく。自民党はぶっ壊れてもいいのだが、国会にいる議員たちが育成されないということは良いことではないだろう。



しかし改革の成否を云々するのであれば、それはあらゆる改革と同じく、結果でもって判断するしかない。もしそうでなければ、改革が望ましい結果を生まなかったのは、改革それ自体が足りないからだ、というロジックへとつながっていく。だから、政治臨調が2000年代に入って新たに「マニフェスト」という運動を展開せざるを得なかったのは、改革が期待したほどの成果を十分に生まなかったためだったと、いうべきだろう。(p.96-97)


本書に指摘されるまで気づかなかった論点。

「マニフェスト」なるものは、失敗した(望んだ成果を生まなかった)「政治改革」の延長上に出てきた、失敗をさらに進めることになる「カイカク(政治改革)」徹底路線の産物である。



05年総選挙では、自民党は議席の73%を得票率47.8%で、逆に09年選挙では今度は民主党が議席の74%を得票率47.4%で獲得している。
 石川真澄は小選挙区制のもとでの政治、つまり得票率が50%以下であるにもかかわらず政権を獲得できるような政党政治は、政治臨調のいうような「民意の集約」などではなく、「作られた多数派」によるものだとしている。小選挙区制は有権者の半数の支持がなくても、人為的な制度によって、過大多数を与えるからだ。
 05年の「郵政選挙」と09年の政権交代を比較して、「民意のスウィング」が問題視されたが、しかしこれも小選挙区制を主軸にする選挙制度のもとでは当然の現象なのである。(p.102-103)


この数字は私が知りたかったものの一つである。それぞれの選挙の第二党の議席の割合と得票率を知りたいところである。



 政治臨調の意見に従うならば、真の問題は、小選挙区制を導入しなければ「政策本位の政治」が実現しないかどうか、である。この点について、例えば自民党の加藤紘一は、小選挙区で勝つためには有権者の半数が納得する政策を掲げなければならないが、半分が納得するような政策に実効性はないとする(『劇場政治の誤算』角川書店、2009年)。また政治評論家の森田実も、小選挙区制のもとでは候補者は政策や理念ではなくスキャンダル合戦を行うゲリラ戦を展開する、と指摘している(『週刊朝日』2009年1月23日号)。
 反対に中選挙区の場合、候補者同士が有利なポジションを求めて党内での競争が維持・加速される可能性が高く、政党の活力が維持される。小選挙区制のもとでの選挙だからといって、政策本位の政治が生じるという仮説は政治学的にも成り立ったことがない。(p.103-104)


小選挙区制の問題点がいくつか指摘されている。

加藤紘一の指摘のうち、前段は納得できる。半数が納得する政策に実効性はないというのは、必ずしもそうとはいえないだろうが、「政策の内容・効果」より「政策の聞こえの良さ」が良ければ、それで通ってしまう部分があり、有効でなくても聞こえが良い政策が掲げられがちなのは確かだろう。加藤が指摘しているのもそういう意味かもしれない。

森田実が指摘していることは、まさに現在でも起こっていることである。鳩山政権発足後も鳩山兄弟の資金問題や小沢一郎の資金問題ばかりが報道されているが、政策についての議論を欠いたスキャンダル合戦による足の引っ張り合いがこのままズルズルと続く可能性はかなり高い。鳩山や小沢の問題が何らかの区切りがついても、その後も政治家の資金問題などいくらでも出てくるだろうから。



 小選挙区制を導入したからといって政策本位になるわけでもないし、ましてや自動的に政権交代を導くわけでもない。それだけでなく「国民の意思」は極めて歪んだ形で、集約されてしまう可能性を持っている。(p.105)


小選挙区制の問題を端的に言うとこうなるだろう。最大の問題は最後の点であると私は考える。



スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/615-bd0cc0f6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)