アヴェスターにはこう書いている?
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殷允芃 編 『台湾の歴史 日台交渉の三百年』(その1)

 大陸への肉親訪問が自由になってから、多くの台湾育ちの知識人は手ひどい打撃を体験した。漢や唐の隆盛を受け継いだはずの中国が、もはや再び漢や唐にはなりえないという残酷な現実に、直面せざるをえなかったからである。地理や歴史の教科書に繰り返し描かれてきた中国、豊かななりわいと輝かしい文化に恵まれた中国は、とうの昔に存在しなくなっていたのである。(p.2)


本書の原著は91年に出版されているが、その頃の台湾から見た中国の印象。



地球を半周してやって来た数百人のオランダ人が、はるか遠方の見知らぬ島にやすやすと住みつくことができた何よりの理由は、当時の台湾には組織というものが全くなかったためである。(p.44)


台湾の原住民が政治的な単位をなしていた限りにおいて、「組織」が「全く」なかったというのは、やや強調しすぎであろうが、「高度に組織化された権力機構がなかった」という意味では正しいだろう。

話は横道にそれるが、こうした状況が世界中の多くの土地に見られたということが、帝国主義時代に植民地が世界中に作られることを可能にした条件の一つであった。金融資本が政治権力を利用して金融資本の支配力が及ぶ自らの版図を広げようとするとき、政治的権力機構が未整備な土地に政治権力(軍事力)をもって介入するよう働きかけるインセンティブが働く。それに対し、現代の金融のグローバルな自由化が帝国主義時代のような領土的植民地獲得の運動と異なるのは、曲がりなりにも世界中に主権国家体制が遍く存在するようになったためであろう。



オランダ東インド会社も宣教師をかかえており(将兵あがりの宣教師も少なくなかった)、彼らの信仰するカルヴィン派キリスト教の布教にあたった。宣教師たちは軍隊の後について原住民のコミュニティーに入っていった。武力の威嚇を利用した宗教の使者であった。彼らはまた学校を設け、原住民にローマ字の表記法を教えて教師の役目を兼ねた。宣教師によっては、司法官になったり行政の手助けをするなどで、原住民社会を隅々までコントロールした。いったん宗教を受け入れてしまえば、原住民がオランダ人の統治に反抗を企てる余地はなかったのである。(p.45)


武力を背景として宣教師がコミュニティに入り、その宣教師が教師となり、司法官となり、コミュニティを支配するようになる。宗教現象は、政治の問題として捉えるとスッキリと説明できる(なぜならば、宗教団体は政治団体であるから)というのが私の持論だが、この台湾のケースはまさにその典型的な事例のように思われる。



この時代は根なき時代であり、学者の分析では1860年前後になってようやく移民開拓社会から定住社会に移行していったという。それまで二百年もの間、台湾の島に住む住民には「台湾人意識」などはなく、自分たちは広東人や福建人であり、あるいは泉州人や漳州人であり、さらには泉州安渓人や漳州漳浦人であるとさえ考えていた。(p.114)


ここでは定住化したことにより、「台湾人意識」が生じたことになっているが、単に定住しているというだけでは「台湾人」意識は生じない。実際、原住民は恐らく定住している人も多かっただろうが、彼らは必ずしも「台湾人意識」を持っていなかったであろう。また、いわゆる「ユダヤ人」がイスラエルを建国した場合のように、定住していなくても共通のアイデンティティを持つこともありうる。むしろ、アイデンティティは「共通の利害があると感じる範囲」に深くかかわっているように思われる。



 鉄道が西方の国家に与えた最大の影響は、ヨーロッパ主要地間の交通時間が十分の一に短縮され、一国の政府が統治可能な地域が十倍に広がったことであった。(p.166)


最近、私も鉄道に若干興味を持つようになったので気になった箇所。なお、鉄道に興味といっても鉄道オタクになったわけではない。鉄道自体に興味があるというより、鉄道が果たした社会的役割とその変遷などに興味が出てきたのである。その意味でこの叙述は簡潔で的を射ている。

19世紀から20世紀初頭の「国民国家」形成期において、帝国(ハプスブルク帝国、オスマン帝国、大清帝国、ロシア帝国など)が相次いで崩壊し、国民国家が成立していったことの要因の一つとして、交通や通信手段などの技術革新があったものと思われる。すなわち、「国民国家」のサイズまでの範囲内で人を強力に動員できるシステムを形成したことが「国民国家」が「帝国」を駆逐した要因であろう。





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