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アヴェスターにはこう書いている?
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国立編訳館 主編 『台湾を知る 台湾国民中学歴史教科書』

 台湾が文化の上で多元的であるということは、当然、四方近隣との関係が密接であるということである。(p.4)


この教科書では台湾の文化の多元性が強調されている。いわゆる「近代」以前については、「原住民」(日本語と異なり、中国語ではこの語にはほとんど差別的なニュアンスがなく、台湾の先住民はこの名で呼ばれている。)の文化を尊重しようとするスタンスが強く見られる。「近代」以降はオランダ、スペイン、日本、福建や広東、アメリカ、中華民国が台湾に来た際に渡ってきた「外省人」など複数の影響があることも踏まえて多元性が言われている。



当時の日本政府も台湾へ派兵して活動していたことから、日本が16世紀末期には、すでに台湾侵略の野心を持っていたことがうかがえる。(p.20-22)


16世紀末期には確かに、豊臣秀吉が「高山国」(台湾)の王に入貢を促す書状を送っているが、当時の台湾島には統一的な政治権力機構は存在せず、不調に終わったという。

その意味では、当時の豊臣政権が外への拡張を指向していたかもしれないが、この教科書ではあたかも日本政府が一貫して「台湾への野心」を持っており、それが19世紀末に実現したかのような印象を与える書き方になっているのは、その後の江戸時代の防衛的な鎖国政策などを考えれば、やや妥当性を欠くように思われる。



オランダ人はさらに、キリスト教を用いて原住民統治に有利な環境を作り出し、また宣教師を原住民統治の行政官にした。(p.25)


このブログで何度も繰りかえし書いているが、「宗教」なるものは基本的には政治的なものであるというのが私見だが、そのことを裏づけるかのような一文。(自説の根拠とできる事実は他にも世界中のあらゆる地域に多々あるが。)



 当初、総督府はつねに残酷な報復性の鎮圧を行い、無辜をみだりに殺害していたが、しかしそれがかえって多くの民衆を抗日の戦列へと駆り立てた。・・・(中略)・・・。1898年、総督の児玉源太郎は、一歩進んでアメとムチの策略に切り替え、一方で警察力を拡充するとともに壮丁団の協力を利用して武力鎮圧を進め、一方で招降方法を制定し、抗日分子に投降を誘って慰撫した。1902年、各地の抗日勢力はことごとく瓦解し、民間が私有する武器はすべて没収された。この7年間に抗日に参加したため戦死、もしくは捕えられて殺されたものは、1万人余の多きに達する。(p.72-73)


報復性の鎮圧に頼ることで、逆にゲリラを補強してしまい、逆効果にさえなりうる。アメリカがアフガニスタンやイラクで武力を使ってもゲリラ戦術に手を焼いたのと同じようなものであろう。その点、アメとムチの策略はゲリラ戦術のような手段で抵抗を試みる勢力には有効な手段であるように思われる。

ゲリラ戦は、統一的な官僚制的な組織によらない、ネットワーク的な組織・集団による抵抗だから、それらのネットワークのうち、有力で目立ったノードはムチで狙い撃ちして除去しながら、同時にアメによってノードを一つずつ除去していき、ハブとなるノードまでも離反させるところまで至れば、ネットワークの結合力は格段に低下する。そうして結合する力が弱まっているところで、目立ったハブをムチで除去していく作業を続ければネットワークを破壊することができる。

ムチで見せしめを行うことにより、抵抗することのデメリットを認識させた上でアメにより抵抗をやめることにメリットを与えることで、ノードが抵抗勢力から離反する可能性を高めるわけである。そうして離反可能性を高め、影響力の高いノードを離脱させることができれば、ネットワーク全体の持つ力を急速に低下させることができる。


さて、日本による台湾の征服の際、7年間で1万人ほどというのは、後の中華民国の2.28事件だけと比べても少ない。(ウィキペディアによると28,000人が殺害されたという説が紹介されている。)だから良いというわけではない。ただ、強権政治であり、警察政治であり、言論統制等もあり、台湾人に対する差別もあったなど、数え上げればきりがないほど問題を含むものではあったが、日本による台湾の植民地統治は、中華民国による植民地的統治(戒厳令の時代)よりは、やはり幾らかマシな部分は多いように見受けられるとは思う。台湾の日本語世代もそうした感覚を持っているようだが、若い世代の台湾人は必ずしもそう考えていないフシもあるので、そのあたりについて、台湾を訪問する際には現地の人たちに聞いてみようと思う。


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