アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

若林正丈 編 『矢内原忠雄「帝国主義下の台湾」精読』(その1)

 なお、台湾総督府は、占領部隊の台北入城後、旧台湾省巡撫衙門および同布政使衙門に置かれた。その後三回移転し、1919年総工費280万円、七年の歳月をかけて完成した、中央に尖塔を持つルネサンス式洋風建築に移った。1944年10月以降の米軍の空襲による火災で損傷したが、戦後日本の手を離れてから修復され、1949年12月以降中華民国総統府となって今日に至っている。(p.10-11)


総統府の建築についての解説。このあたりの詳細は『日本の植民地建築』という本でもっと詳しく読んだが、総督府の建築が建てられたのは、武力による大規模な反乱がほぼ治まった後の、統治がある程度安定し、総督府の財政が潤った後の時期であることがわかる。

また、第二次大戦中にはアメリカが台湾に空襲をしたということも、この件から知ることができる。この事実は、戦後、台湾は日本から切り離され、さらに「戦勝国」である中国の側に所属したこともあり、日本では全くというほど触れられない事実であると思う。



 以上、政府との直接的関係において独占企業の成立したるを見た。内地大資本家の進出による帝国的独占に対し、むしろ台湾限りの地方的独占企業において、特にその関係が著しくある。けだし権力は資本の躊躇する所においても独占を創造する。(p.116)

経済的主体(企業等)と政治的主体(政府)は一見すると経済と政治という別の分野に属しているように見えるが、このような「分野の壁」は学問の分化によって観念上で作られたものにすぎず、人間活動をシステムとして捉えた場合、ここに壁は存在せず、容易に連結することができるものである。

企業等が、自らの活動のみでは有利な場を形成できない場合などに、政治的な権力を活用して利益を得ようとすることは、経済活動の常態であり、「独占」や「資本主義」などの用語を持ち出すまでもないし、逆にこうした用語を用いることで現実に遍く存在する一般原則が見落とされる危険すらあると思われる。



由来植民地企業は英国のSouth Sea Companyやジョン・ローのCompagnie d'Occidentを始め投機的分子の多きものであるが、経済的に投機的危険を有する事業を国家が保障して投機的たらしめないのが近代帝国主義的植民政策の特徴である。経済的投機の政治的止揚である。そして国家が保障するとは結局誰が保障するのであるか?また事業の失敗に対し何人が責任を負うたのであるか(p.118)


前のエントリーで原書の152-153ページを引いてコメントをつけたとおりである。政治がその道を開くことを支援するところの投機的なマネーの暴走によるバブルの崩壊の責任は、実際にマネーゲームに興じていた人々というよりも、より広く納税者一般に負担がかかることとなり、こうして負担を支払うという形で納税者に責任が転嫁される。



概して直接税は財産及び所得に対する負担であり、間接税及び専売収入は主として一般庶民の負担である。従って上述の如き台湾の財政制度が資本家保護、庶民無産化の結果を来たし、資本家的企業の勃興、台湾の資本主義化に貢献したるところは明白である。(p.151-152)

現代の日本では盛んに「消費税」の増税が叫ばれ、それに見合う形で法人税が下げられ、所得税も税率構造がフラット化されてきたのだが、まさに一つ前の引用文に見られるバブルの責任を納税者に押し付けるのと同じく、
80年前と現代でほとんど同じことが繰り返されている
のを見ることができるだろう。

ちなみに、当時の台湾では専売収入がかなりの歳入を潤していたようである。



植民地の結合及びこれに根拠する世界経済への積極的進出並びに植民地内の民族運動の処置、これ帝国主義国が持つ世界戦争後の課題である。ここにおいてか植民地内の民族運動を抑えつつ、あるいはなだめつつ、植民地と本国との結合を鞏固にし、更に植民地を根拠とする世界経済への帝国主義的進出を策するは当然の帰結である。これ台湾統治の内地延長主義である。そは帝国主義の新衣装である。(p.302)


一つ前のエントリーで原書の187ページから引いた箇所のすぐ後の箇所である。

こうした民族運動などの反発が強まりが、文治的な方向へと植民地政策が転換したことの背景にあったのだが、それらが支配階層が自らの支配を維持しようとする対策であることを喝破している点は妥当である。


スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/597-1e6dd0b0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)