アヴェスターにはこう書いている?
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若林正丈 『台湾――変容し躊躇するアイデンティティ』(その2)

 「台湾関係法」は、アメリカの国内法であるから、アメリカ議会の意志で改廃される。アメリカの公民やアメリカの法律に認められた個人・団体は、マス・メディアの利用やロビー活動により、アメリカの法と慣習とに従えば、「台湾関係法」の執行の監視を議会に働きかけることができ、それを通じて国府に圧力をかけることができる。一方、国府は、中国から自立した存在を続けていこうとするなら、断交後も依然としてアメリカに依存せざるを得ない。国府はアメリカに背を向けるどころか、中国大陸に比した「自由」「進歩」のイメージをいっそうアメリカの朝野に売り込んでいかなくてはならない。
 こうした状況下で、反国民党派のアメリカ在住本省人の対議会ロビー活動がしだいに活発となった。それによって、台湾の人権状況がアメリカ議会で取り上げられることは、台湾内の「党外」勢力にとっての保護幕として一定程度有効であり、その有効性が確認されると、「党外」はさらに体制への挑戦をエスカレートさせることとなった。(p.136)


アメリカが中国の国交樹立、台湾との国交断絶をしたが、台湾との関係はアメリカ国内法である「台湾関係法」によって規定されるようになったため、台湾の民主化に追い風が吹いたという因果関係は興味深いものがある。



「憲政改革」の方針と対外政策方針とはワンセットのものであった。「反乱鎮定動員時期」を終結させれば、中華人民共和国は「反乱団体」ではなくなり、反射的に台湾の「中華民国」とはいったい何かを定義しなければならず、同時にその何かである台湾の「中華民国」と中華人民共和国の関係、そして広く国際社会との関係一般を定義しなければならない。そこで、李登輝は「憲政改革」の準備と並行して「大陸政策」の準備を進めた(次章参照)。このように、李登輝が手をつけたのは、ひとたび内部の制度を変えるや、それがただちに国家のアイデンティティ(国際社会における自己定義、位置付け)に響くことになるような改革であり、内外に複雑な波紋を呼ぶのだが、ここでは、まず内部過程に焦点を絞っていくことにする。(p.165)


中国の内戦が朝鮮戦争を契機として冷戦構造と重なることになり、台湾海峡に東西の境界線(本書の表現で言えば、海のアジアと陸のアジアの「気圧の谷」)が引かれることになった。しかし、中国がアメリカとの関係を改善させることにより、台湾海峡にあった東西の境界線が揺らぎ始めることとなり、台湾は「アメリカで理想とされるもの」により近い政治体制や社会体制を求められるようになった。それまで東西の境界線近くにあった台湾が政治的に、より「西側」に深く入り込むことになり、中国が境界線の上に立つことになる。(境界線が西側にシフトした。)

台湾では、こうして長期戒厳令の存続は困難となり、内戦の名残である戒厳令とその基礎にある「反乱鎮定動員時期臨時条項」の変更が必要となる。中国との法的関係がこれにより変わることになる。冷戦構造の中に位置づけられる内戦関係から、冷戦構造の境界線が中国と台湾の間にはない状態での内戦関係となるが、実質的には異なる領域を支配する別々の政治体となっているというのが現実であり、冷戦構造があったが故に内戦の虚構は維持されていたが、その外枠がなくなったため、現実と建前との乖離を処理しなければならなくなった

ちなみに、中国はその真上に境界線がある状態が続き、社会主義ないし共産主義を標榜する東側の建前を維持しながら、実態として西側の経済体制に組み込まれていくこととなった。そのための漸進的な政策の方向性を示してきたのが「改革開放」路線であろう。そして、近年に至りChinamericaとかG2と呼ばれるようになったということは、冷戦終結により、東西の政治的及び経済的な分断がなくなったことの帰結でもあるだろう。ただ、ここで残された大きな問題は、中国の政治および政治体制の民主化はいつ、いかにして起こるか、あるいは起きないのか、ということであり、更に言えば、そのプロセスは混乱なく進むのかそうでないのか、ということであると思われる。



 民主化は、政治権力の分配方式を変更するが、同時にそれに付随する政治的自由化は、それまで押さえられていたさまざまな社会集団の自己主張をかなりの程度まで解き放つから、台湾の多重族群社会のあり方にも当然インパクトが及ぶ。民主化期の台湾社会が経験したのは、小規模ながらエスニック・リバイバルと言い得る現象、つまり、台湾の多重族群社会の諸族群が、それぞれ政治的・文化的自己主張を展開する過程であった。(p.188)


デモクラシーはナショナリティやエスニシティを刺激する「バイアス」がある政治体制である。

中国で民主化が進展し、デモクラシーの体制が整備されるとどうなるか、非常に興味が引かれるところである。



李登輝政権下では、94年に中学校のカリキュラムの改訂方針が決まり、新たに『台湾を知ろう(認識台湾)』という科目が設けられることが決まっていたが、この教科は97年度の試行を経て、98年度から正式に始まっていた。(p.233)


この教科書は邦訳されており、そう遠くない時期に、このブログにも登場する予定である。

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