アヴェスターにはこう書いている?
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西澤泰彦 『日本の植民地建築 帝国に築かれたネットワーク』(その1)

 すなわち、建物を見ることは、その建物だけでなく、それが建てられた土地の歴史を見ることであり、そこから、人は平素の生活では味わうことのできない感動を得、また、知識を増やしていく。これが正しく、観光である。ところが、日本ではいつの頃からか、名物料理を食べ、特産品を買い込むことを観光と呼ぶようになった。言い換えれば、このような観光客の行為は、訪れた地の現況を味わって帰るだけであり、その地に培われた歴史を見ているわけではない。(p.3)


前段に関しては全く同意見である。建物を見ることは、その土地の歴史を認識することに通じる。もっとも、建物を知るためには「見る」だけでは不足であり、「体感する」必要があるというのが、私の持論だが。

後段の「観光客」に対する批判については、著者の心情はよく分かる。私自身も各地を観光をしていて、他の観光客の姿を見て、あまりにももったいないと思うことが多い。しかし、私は筆者の見解には与しない。名物料理や特産品にも、歴史的な経緯や背景、地理的な要因やそれらを背景とする流通の状態、経済の成り立ちなどが隠されていることが極めて多いからである。

その意味で名物料理や特産品などを買う行為を軽く見てはならない。ただ、それを何の意味も分かろうとせずにその場の感覚の充足のためだけに買い込む行為は、事柄の表層しか見ていないために「もったいない」のである。建物を見るのも同じであり、ただ、建物だけを見て、「大きかった」とか「綺麗だった」という程度の感想しか持てないような観光は、同じく表層的で「もったいない」のであり、どちらも同じようなものである。

単に気分転換のために旅行するという人なども多いとは思うが、大枚をはたいて「気分転換」だけしかできないようでは、「無駄遣い」と言われても仕方あるまい。経済的にはそれで潤う人もいるだろうから、完全に無意味というわけではないにしても、私が見る限り、そうした旅行の仕方をしている人はあまり旅行のリピーターにはなっていないように思う。彼らにとってはコストパフォーマンスが低いからである。



 「建築はもっとも雄弁に時代を語る存在である」(p.11)


これは村松貞次郎という人が書いた言葉を筆者が引用した箇所であるが、なかなかの名言である。



別の表現をすれば、建築はすべて目的があって建てられるものであり、「無目的な建築」は存在しない。(p.12)


確かにそうかもしれない。増改築や修復・復原なども、それぞれの目的があって行われるわけで、それらは建築当初の目的とは必ずしも一致しないが、そうした様々な意図の絡み合いと、それらの意図に基づいて建てられたものが実際にもたらした効果を切り分けるということは、建築について他人に説明などを行う際に重要になってくるかもしれない。



 外壁の意匠について、長野案も実際の庁舎も赤煉瓦の壁体を地とし、開口部廻りや胴蛇腹に相当する部分に白色の部材を図として置く、という基本は似ている。ともに、20世紀初頭の日本国内で辰野金吾が得意とした手法である。後世の建築史家はこれを「辰野式」と呼ぶが、世界的に見れば、19世紀後半のイギリスで流行したクィーン・アン様式を基調とし、そこに西洋古典建築の要素である円柱やペディメントを付して飾っていくものであり、それはフリー・クラシックと呼ばれる。
 典型例は、辰野金吾の設計によって1914年に竣工した東京駅である。ただし、「辰野式」とイギリスで流行したクィーン・アン様式との差異は、建物の飾り立て方、周囲との関係である。「辰野式」は東京駅に見られるように、左右対称の正面を持ち、中央と両端部を手前に張り出しながら、屋根にはドームを設けるなどして強調する手法がとられる。あるいは日本銀行名古屋支店(1910年竣工)のように両端部のみを手前に張り出し、ペディメントをつけて強調する場合もある。敷地が角地であれば、建物の角にドームや塔屋を立てて強調し、市街地においては、周囲に比べて目立つ建物になるように設計されている。
 しかし、クィーン・アン様式では、市街地に溶け込むように外観が作られ、建物の中央や端部に目立つような高いドームを立ち上げることはない。そもそも、19世紀後半のイギリスで流行したクィーン・アン様式は、市街地に建てられる事務所建築や店舗と集合住宅の混在したいわゆる「町場の建物」に用いられることが多く、そこでは、当然、周囲の街並みへの配慮が求められるので、その建物だけが目立つようには作られない。(p.23-24)


こうした説明があると、建物の見方がだんだん分かってくるから面白くなる。日本の建築や近代建築などには私はあまり興味を持っていなかったので、こうした分かりやすい説明がある本書は非常に有益だった。



 以上のように、支配機関が使う庁舎そのものの新築は、いずれの支配機関の開設当初にはおこなわれず、その主たる原因は、それぞれの支配機関に共通した問題として財政難であった。しかし、それだけでなく、どの支配機関においても庁舎よりも、実際の行政を担う組織の建物、あるいは、住民の生活に直結する建物の新築が求められ、それらが優先された。また、転用可能な既存建物の有無や、建築材料確保の問題、とも連動していた。(p.47-48)


本書で指摘されていることだが、庁舎が支配機関の開設当初には建てられず、ある程度の機関が経過してからようやく建てられたという点に着目することには意味がある。支配と建築との関係を、後から類推する場合、往々にしてこれらの建物が最初から建っていたかのように想像されてしまうことが多いからである。

逆に言えば、こうした「立派で威厳のある」庁舎が建てられた場合、建設時点までに、ある程度の統治体制が整ったということを示す標識の一つになるように思われる。



 ところが、庁舎全体の外観は、台湾総督府庁舎が「辰野式」であるのに対して、朝鮮総督府庁舎はネオ・バロック式である。これは、両庁舎の設計時期の違いに起因していると思われる。台湾総督府庁舎の設計競技がおこなわれていた時期は、日本国内で「辰野式」が流行していた時期であった。それに対して、朝鮮総督府庁舎の設計と設計変更がおこなわれた1910年代は、イギリスを中心にエドワーディン・バロックと呼ばれるバロック建築が流行していた。(p.48)


設計時期の流行が様式の相違に影響するという視点は、建築を見ていく上で重要なポイントの一つであるように思われる。どこの何に影響されたか、ということを知ることは、建築家や施主の関心を反映すると考えられるからである。

なお、台湾総督府庁舎の設計競技が行われたのは1907年である。


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