アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

胎中千鶴 『植民地台湾を語るということ 八田與一の「物語」を読み解く』

なかでも八田の師にあたる広井勇は、小樽港の築港を指揮し、のちに東大教授となった人物で、「技術者は、技術を通しての文明の基礎づくりだけを考えよ」ということばを残すような「法学部出身の官僚的な出世主義をきらった」人だったという。(p.13)


広井勇という人物にも私は若干興味を持ち始めたところなので、今後の参考としてメモしておくことにする。

広井に関しては、ここの注で以下のようにあったので、同時にメモしておく。

 広井勇(1862~1928)、高知県出身。札幌農学校(現在の北海道大学)卒業後、工部省勤務などを経てアメリカ留学。帰国後札幌農学校教授に就任。1893年、小樽築港事務所長に就任し、小樽港の築港に従事。ブロックを傾斜させ並置する「斜塊ブロック」という独特な工法を採用し、1908年、日本初のコンクリート製長大防波堤を完成させた。(p.46)





特に日本統治期に高等教育を受けた当時の台湾人エリートたちは、国民党政府への失望と憎悪の反動として戦前の日本統治を引き合いに出し、それを肯定的に評価する場合が多い。つまり彼らの親日感情は、自身の世代と人生に対する強い自己肯定の表明としてとらえることもできるのである。李登輝はそうした「日本語世代」を代表する存在といえよう。(p.19)


台湾の「日本語世代」を理解する際に、理解しておくべき背景。この世代との交流ができるのももうそれほど長い時間は残されていない。近々台湾を訪問したいと考えているが、その際にはこの世代と少しでも話をしてみたいと考えている。



日本が近代国家として植民地を統治するためには、キリスト教の代わりに医療と衛生がその「文明」の役割を果たす、と高木はいっている。「医衛」をいわば「恩恵」として与えることで、支配者の支配者たる正当性を、被支配者に示すことができるからである。(p.34)


こうしたやり方で支配の正当性を確保するという考え方は植民地支配に限ったものではなく、普遍的に見られるものである。(イスラーム世界のワクフ財産なども一部は同じような役割を果たしているし、主権国家内での再分配政策もこうした側面を強く持つ。)こうした支配者側の利益を明示することは有意義であり、ある種の道徳的な立場からこれを非難することも容易であろうが、そうかといって、全面的に否定されるべきものとも言えないところに若干の難しさがある。



 私はかねてから植民地統治の最大なる罪悪は経済的基盤の破壊や物的収奪にはなく、むしろ人間の破壊にこそあると考えている。言語の三重生活、母の言葉をもぎとられ、奴隷的思考に自ら堕してゆくこと等、植民地統治の罪悪の深さを深く深く人びとは知るべきだ[載 1976:243]。


 「人間の破壊」という、台湾の人々の内面をえぐるような傷痕は、おそらく現在の台湾社会にも、さまざまな形で残っているはずだ。第二節で述べたとおり、確かに近年の台湾では、民主化・本土化の流れのなかで台湾史が認知されつつあり、日本統治期を含む近現代史そのものへの見直し作業も続いている。しかしそれは、これまで自らの歴史から疎外されていた台湾人が、あらためて主体的に歴史を問い直すための試みである。これらの作業が決して植民地支配への肯定的評価をめざしているわけではないことを、われわれは知っておくべきだろう。(p.35)


最後のコメントは特に日本の保守派・右派の「自慰史観」に対する批判であろう。



 台湾の民間信仰には強い現世利益指向があり、霊験あらたかと認知されたものならすべて信仰や祈願の対象となる。死者はもちろん、それが行き倒れた無縁仏の遺骨であれ、犬、猫、ブタなどの動物、あるいはかまどなどの無機物であれ、御利益があればみな「神様」とみなされる。
 ・・・(中略)・・・。
 こうした台湾の民間信仰の特性を理解したうえでみると、戦後も墓と銅像を守ってきた住民たちが、八田を地域の守り神のひとりとして敬っているとしても不思議ではないことがわかる。(p.39-40)


 台湾には日本人警察官が祭られている神社などがあるという記事などを目にしたことがあるが、それらもこうしたものとして理解すべきだろう。つまり、現地では「日本人である」八田としてではなく、「地域の」守り神である八田として理解されているわけだ。

日本の保守派・右派の「自慰史観」は、こうした点を理解せず、「日本人」が祀られているとして「日本人としての誇り」を持つことを説いたりするが、それは現地の人々の意識とはかけ離れた独りよがりな考え方にすぎないのである。

本書が全体として指摘しようとしていることの一つは、まさにこの点にある。



 植民地社会は、支配者側の利益を最優先して形成された差別に基づく社会である。もちろんどんな社会にも「いい人」がいるのは当たり前で、植民地にも「いい日本人」は数多く存在しただろう。しかし逆にいえばそのような善意の人が大勢いたにもかかわらず、日本は50年にもわたって台湾を植民地として支配したのである。私たちはそうした当時の日本の植民地主義という価値観そのものを、まず考えるべきではないだろうか。そして、そうした視点から八田與一をみると、彼を「真の国際人」として位置づけることよりも先に、民族差別を嫌ったであろう八田が、それにもかかわらず植民地主義のシステムのなかで生きざるを得なかったことを自体にまなざしを向けるべきだということがわかる。(p.44-45)


「いい人」がいたということを以って「植民地支配」を正当化しようとする保守派・右派に対する批判。



 1980年代後半から民主化・本土化の道を進んできた台湾では、日本統治期の歴史を台湾人の主体性という観点からあらためて問い直そうという試みが続いている。その流れのなかで、台湾人の八田への認識は、もはや「日本」や「日本人」の枠組みからいったん切り離された地域の歴史、すなわち「台湾史のなかの八田與一」という存在に変化しつつあるようにみえる。(p.46)


台湾人の主体性という観点から日本統治期を見るということは、日本に抵抗した現地人という観点からの抗日運動に焦点化されていくことが予想される。この事例はやや安易な焦点化であるとは思うが、こうした方向がクローズアップされるとなれば、日本による統治は相対的に否定的な対象として描かれることとなっていくだろう。

「台湾人」が一つの単位として選択されることの是非を私としては問いたいところがある。確かに、国民党統治期以後は、一つの単位となりうるように思われ、また、日本統治期は単位としての側面が形成されていく時期であろうが、それ以前は単位とはなりえないように思われる。

これから台湾の歴史関係の本を少し続けて読もうと考えているので、その際の問題意識として持っておきたい。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/589-2ad2d9f9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)