アヴェスターにはこう書いている?
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北川佳枝 『近代商業建築を観る 旧日本郵船株式会社小樽支店の再生』

 佐立七次郎が初めてこの小樽の地に立った時、町はかなり悲惨な状況にあったと思われる。1903年(明治36年)4月手宮町の大火で約750戸焼失し、その際日本郵船の木造倉庫及び事務所も失われ建替えの契機となった。さらに翌1904年(明治37年)5月の大火では海岸線に沿って約2千数百戸を焼き尽くされ、焼け跡には辛うじて難を逃れた石造倉庫のみが点々と残っていたという。以後この教訓を生かし、町には袖壁をもつ木骨石造商家が増えていき、小樽の町並みの特徴的な景観となっている。(p.14)


木造家屋が密集していたため火事が多く、その被害が甚大であったことが、現在に残る都市景観に繋がっている。

袖壁によって火事が隣家に広がるのを防ぐようにしており、外壁を石造にすることで外からの火にも強くなるということである。

ちなみに、小樽の建築は一見すると石造なのだが、内部の構造は木造になっていて、その外壁部分だけが石造や煉瓦造になっているのが特徴の一つである。相対的に安く建てることができることができることのほか、もしかすると寒冷地であることも要因だろうか?



そして南浜、北浜、色内の海岸線沿いに船舶、海運、倉庫業者、その裏手の色内通りには海産物問屋や諸銀行、その山の手に小売業商店街と、小樽に於ける特徴的な業種が分化定着し、1899年(明治32年)区制施行の頃には現在に至る大まかな町並みが形成されていた。(p.15)



海岸線に並行して、等高線的というか層状に業種が分布しているのが面白い。今年の春にNHKの番組で「職人坂」が紹介されていたのを見たのだが、「職人坂」も海岸線に並行して走っている道であり、これもまた同様の業種分布であるように思われる。



 建物がもつ奥行きの中に、その建物の歴史だけでなく素材の歴史をも探索できる楽しみがある。特に近代建築は、建築材料が明治に入って急激になだれ込んで来た外国製品と、その国産化初期製品とが混在して成り立っており、その技術や意匠の比較や発展が興味深い見所の一つでもある。(p.26)


なるほど。ただ、ここまで深く知るためには相当深くそれらの建築にかかわらなければ分からない点が多いように思われる。ただ、こうした視点を持ちながら見れば、いわゆる近代建築も面白く見ることができるかもしれない。

私の場合、12~18世紀頃のヨーロッパと中東の建築に最も興味を持ってきたので、日本の近代建築はちょっと物足りないといつも思っていたのだが、こうしたかなりマニアックな(?)視点を持つことにより、建築を観る面白さはかなり広がるように思う。



また私は藤森輝信氏の「鍛えた目玉(観察眼)を備えれば近くの街が楽しい旅先へと変わるはず」という視点にも共感する。(p.43)


至言である。上で述べたような点(素材の歴史)を見極めることができることなどは、まさに「鍛えた目玉」を持つということだろう。

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