アヴェスターにはこう書いている?
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倉都康行 『金融vs.国家』

 サブプライム危機は、米国を発端としながらも即座に欧州に波及し、さらに中東やアジアなど世界中に伝播することになった。世界の金融市場では、資金移動のボーダーレスだけでなく、金融技術という共通プラットフォームの下での同質化という現象も起きていたのである。(p.14)


この同質化があるからこそ、金融グローバル化の下では強い者が一人勝ちできるわけだ。



 輸出入に規制をかける経済制裁はたしかに効果があるが、闇ルートが存在する限り致命的な結果を期待することはできない。だが銀行を通じた資金の受け渡しができなくなる金融制裁は、国の存亡にかかわるものとなる。(p.16-17)


金融が持つ力の大きさを我々はよく認識しておく必要がある。



 現在、金融や経済は民間にすべて任せるべきだとの風潮が強まっているが、以下の章では、金融や経済に関する歴史を振り返りながら、金融の発展が国家などの社会的権威を借りて育成されてきたことを概観しつつ、国家戦略が金融の発展、ひいては経済発展に実に大きな影響をもつものであることを示してみようと思う。(p.41)


金融と政治権力との間には、切っても切れない関係がある。金融の歴史をたどりながら一般読者にこのことを示そうとしている点に本書の存在価値があるように私は思う。

私見では金融だとか経済だとか政治という分野ごとにわけた思考自体が誤っているのであり、物事を捉え損ねているものと考える。金の持つ権力も政治権力もいずれも権力の一現象形態にすぎず、権力が作用する際に場合に応じて形を変えたものに過ぎない。もちろん、権力を行使する「器」はその時と場に応じて変わるのであり、これらの「権力の受け皿」の間の利害関係というものも当然存在しうるが、所詮、それらは交替可能なものであることが多いのである。



 大航海時代にインド洋に築かれたポルトガル海上帝国、それを打ち破ったオランダの連合東インド会社、そして大英帝国の礎を作った英国の東インド会社という3世紀にわたる交易時代は、まさに国際金融の曙であった。だが、それらはすべて政府が背後にいて指揮をする、国家プロジェクトだったのである。国際金融は、外交と同じように近代的な国民国家と共に生まれ育ったといってもよいだろう。(p.50)


「ヨーロッパ中心主義」的な歴史観ではあるものの、本書の基本的な考え方を示している箇所である。

国際金融は近代的国民国家と共に生まれ育ったという指摘は特に興味を引かれるところである。

金融史を学んでいく中で、この指摘の妥当性および、関係性のあり方について認識を深めたいと思う。



実質的にポンドの凋落を決定付けたのが1931年の金本位制からの再離脱であり、また政治的にポンドが主役の座から引きずりおろされたのが1944年のブレトンウッズ体制の成立であった。
 このポンドからドルへの基軸通貨の移行は、経済と金融における中心が英国から米国に移ったことを裏づけているが、それは一方で「1国1通貨」という概念を社会に定着させるものでもあった。この1国に独自の通貨が存在するという考え方は、太古の昔からあったとは言い難い。
 そもそも欧州における近代国家の概念は、1648年のウェストファリア条約以降に固まったものである。ドルの覇権確立は、「英国=ポンド」から「米国=ドル」という構図を、あらためて通念として現代社会に浸透させることになった。
 英国が没落して米国が台頭したから基軸通貨もポンドからドルへ変わった、という印象は今でも強いが、そもそも国家と通貨とは同一ではないし、金本位制のもとでの自国通貨とは、金への兌換性にもとづいて存在するにすぎない仮想概念である。それが国家の経済力や金融力を象徴する通過として認知された背景には、欧州の各国が19世紀以降ナショナリズムの昂揚中央集権国家の建設への手段として通貨主権を利用してきたという事実もある。

+強い通貨は国益にかなう

 そもそも金貨や銀貨が流通する社会においては、自国通貨という考え方は現在のように一般的だったわけではない。・・・(中略)・・・。
 こうした国家主権を背景とする各国の通貨発行が徐々に「1国1通貨」の考え方を定着させていくことになる。実は、20世紀に英国から金融覇権を奪取する米国も、19世紀半ばまではメキシコ銀貨や、英国のソブリン銀貨、ブラジル金貨などさまざまな国の貨幣が流通する社会であったといわれる。米国が独立してすぐに「ドル社会」になったのではない。ドルが法定通貨となったのは1861年のことであり、FRBが設立されたのもそれから約半世紀も経過した1913年であった。(p.77-79)


通貨発行権を中央政府が独占することが「国家」としてのまとまりを形成する上で役立った。ある域内で流通することを法的に許される貨幣が一つになり、それを発行する権限を政府のみが持てば、一つの排他的・閉鎖的な領域を形成することができることは容易に理解できる。その過程で、人々の間では「1国1通貨」という観念も共有されることになる。

「1国1通貨」という今ではあまりに当たり前の考え方が、それほど長い歴史を持たないというのは、かなり興味深い事実である。様々な「伝統」は、実は近代以降の新しいものであるというホブズボームの指摘の一つのバリエーションであるとも言える。



注目すべきことは、日中などの外貨準備の増大をもたらした大量のドル買い介入には、反対取引となる「自国通貨売り」が必要であることだ。外貨準備が増えることでそれに相当する国の借金も増えているのである。(p.132)


このあたりの議論は本書でも最も面白かったところの一つかもしれない。



 日本市場は世界の中心にあるわけではない。国際金融の文脈を、日本中心の座標で観測してはいけない。国際金融市場は大西洋を視点に据えて世界を見るのである。その観点から日本の潜在力や成長性が再び評価されれば、改革の有無は関係なく資本流入は再開されよう。(p.207)


国際金融の中心が大西洋にあるという指摘は極めて重要であり、全うなものである。

本書の示す金融史の歴史観は著しく「ヨーロッパ中心主義」的なバイアスを持っている点には若干の不満はあるものの、この視点の置き場所は、現在の世界情勢と国際金融とを絡めて考える際には外せないところの一つであると思われる。



リアリズムの金融観でいえば、郵政民営化は日本の金融力の現実を見ない理想主義に走った幻想であった。運用環境に恵まれず、運用能力に乏しく、運用商品が限定されるなかで、民営化による運用透明化で財投改革を行うという方法は、政治が金融を対官僚政治闘争に利用したものにすぎなかった。
 ・・・(中略)・・・。
 結局、不明瞭で非効率的な公的金融は不要だというイメージだけが先行し、公的金融はどうあるべきかという議論への手掛かりがつかめないままに、「郵政民営化選挙」に突入した。・・・(中略)・・・。
 郵貯や簡保を、民間を補完するという意味での公的存在意義の観点から再評価することは不可能ではなかった。公的金融制度の厚い欧州のみならず、市場を重視する米国ですら公的金融の役割は小さくないのである。先進国に公的金融は不要という主張は、明らかに金融の本質を読み違えている。「官から民へ」という言葉の罠に嵌ってしまった郵政民営化のプロセスは、日本の金融制度設計力の乏しさを露呈した、後味の悪い小泉劇場の終幕でもあった。(p.211-212)


同感である。

本書は金融史をたどりながら、金融と政治権力とが近代においては常に密接な関係を保ち、それによって金融及び政治的な権力を維持してきたことを明らかにし、今後も「金融を国家プロジェクトとして捉えなおすことが必要」(p.244)と結論付ける。

本書の主張は概ね妥当であり、金融には政治や行政がかかわらず、市場に任せるべきだという一般に広まってしまった通念よりは遥かにまっとうである。



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金融vs国家 ~金・金融の意義

金・銀の呪縛 18世紀のフランスで欧州初の紙幣発行という大胆な計画を実行したジョン・ローは「貨幣の価値とは財と交換 されることではなく、財の交換を媒介することにおいて現れる」とその本質を喝破した。現代に至る「信用にも とづくお金」の原点である。今ではそんな 投資一族のブログ【2009/12/30 21:11】