アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

内藤利信 『住んでみた成都 蜀の国に見る中国の日常生活』

近年の激しい近代化の波も、沿岸部から徐々に伝わっていく。世相、人情は今も古い時代の影をとどめ、往古のさまを色濃く残す遺跡の数々、牧歌的な風景と相まって、中国らしさを彷彿させるもっとも中国らしい都市ということができる。中国を知るには、四川を知らなければならない。(p.2)


本書は1991年に出版されたものだから、現在と比べるとかなり様子が違っている。現在では恐らく成都もかなり「近代化」してしまっているはずであり、遺跡にも「往古のさま」が残っているかどうか疑問がある。

しかし、それでも上海や北京や広州といった「先進的」な大都市だけから中国を判断するよりは成都のような内陸部の都市からの方が、いわゆる「近代化」の進行状況を見るには良いのかもしれない。古いものと新しいものの交錯が見えやすいというか。

まぁ、現時点の私の考えでは河南省とか湖南省とか江西省のような、日本ではあまり注目されていないような地域の方が、見てみたい気がしていたりもする。

ただ、「中国を知るには、四川を知らなければならない」というフレーズからは、某か重要な含意を引き出せそうな気がする。



 文革当時より格段に生活レベルが向上しているから文句はあるまいという論理が、党・政府側のいい分である。しかし、不満はそういう座標軸から発しているのではなく、横軸から見た不公平感にある。開放がすすめばすすむほど経済格差は増大してくるだけに、騒ぎを起こす火種がなくなることはないだろう。(p.35)


天安門事件の直後に党・政府側から出されたメッセージに対する筆者の批判。

中国政府は結局、改革開放による格差拡大の不満を封じるために、90年代は政治的な統制(情報統制など)を引き締め、ナショナリズムに訴えたと考えることができる。

その帰結の一つが、「反日デモ」という形をとったりしたわけだが、フランスのカルフールへの不買運動など排外的な動きは00年代以降しばしば見られるようになった。こうした副作用に中国政府は対処しなければならなくなってきたと考えられる。

また、「中華民族」という仮想のナショナリティは結局、「漢族」を中心としたものであり、権力の中枢にアクセスしやすい人が多い漢族に比べて、経済的にも政治的にも不利な立場にある少数民族、特にウイグル族やチベット族にカテゴライズされる人びとの不満は抑えきれなくなってきており、結局、天安門事件当時の不満と同じものが、新疆やチベットの問題として、形をやや変えて再現している部分はあるように思う。

ただ、グローバル化した世界経済の下では、安価な労働力を潤沢に持つ中国には資本流入は当面は止まらないから、「中国」という統一性を持っている方が、「少数民族」にとっても有利であるという側面はないわけではない。そのあたりの認識がどの程度、「少数民族」の側が持つようになるか、また、その情勢にどのような変化があるか、ということが、今後の中国の「民族問題」の鍵になるような気がする。



 日本ではあまり知られていないが、中国の九年生義務教育の制度は、1986年7月1日が正式スタートである。(p.106)


意外と新しいんだな。

現在「80后」と呼ばれる世代は、初めてこの義務教育が実施された世代でもあるということは、覚えておいて良いかもしれない。



 中国建国40年の歴史は、知識、インテリを否定し続けてきた歴史であったような気がする。(p.143)


今年は建国60周年だが、今でもそうした傾向は間違いなくあると言える。かなり形は変わっているし否定の度合いも小さくなっているが。

というのは、現在でも中国では言論の自由が十分ではなく、それによって知識人一般の権力行使の可能性が狭められているからである。特に政治的な事柄について。

こうした知識人否定という歴史は、かつて、特に毛沢東がいた時代、改革開放前の時代には、国内の権力闘争を中心に政治が回っていたことの反映である。

ちなみに、冷戦という比較的硬直的な国際政治的枠組みが存在していたために、外交面での他国の干渉がやや抑えられていたことは、これを可能にした枠組みの一つであろう。それ以前の帝国主義の時代(グローバル化の時代)のような時期であれば、この権力闘争に国外の勢力が干渉する事となり、混乱のあり方はかなり違ったものとなっていたであろう。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/571-ddbe1e8f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)