アヴェスターにはこう書いている?
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山口仲美 『日本語の歴史』

現在のように、一音に対して一つのひらがなに決まったのは、カタカナと同じく明治33年(1900年)の「小学校令」によってなのです。(p.74)


意外と新しいことであることに驚く。



カタカナは、文字というものは一点一画を重ねてできるものだととらえているから、万葉仮名の部分を取る。それに対して、ひらがなは、文字というものを連続体ととらえているから、全体を書き崩すけれど、部分をとったりはしない。同じ文字に対して、異なる側面からとらえたために、カタカナとひらがなという二種類の文字の系統ができあがったのです。(p.74)


分析的なカタカナと全体論的なひらがなという対比とでも言おうか?なかなか面白い。



 第二に、文言一致の文章がなかなかうまく行かないことです。日本語では、話すように書くという場合には、必ず人間関係のあり方が表現に直接にかかわってきてしまうのです。(p.186)


このあたりは日本語の大きな特徴のように思う。外国人にとって日本語、特に敬語が難しいとされる要因はここにあるだろう。



繰り返しますが、日本語は決して非論理的ではありません。論理的に話を進める訓練がなされていないだけです。(p.219)


納得。

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