アヴェスターにはこう書いている?
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谷崎光 『北京大学てなもんや留学記』(その3)

 あてにならない中国の記事や資料を基に理論を組み立てても、と思うが、理系ならともかく、政治経済で独自のことをするのは今なお(!)危険なのだと、後で気がついた。すでに定評あるものをなぞり、少量のオリジナリティを加えるしかない。
 既存の資料を駆使しつつ、実際の調査も丹念にやり、そこから矛盾や疑問をスカッと見渡せる、あー、なるほど、と人をうならせるような真実性のある理論を打ち立てる人は、中国を追い出されてしまうのかもしれない。経済学者の何清漣さんのように……。現在と関係ない考古学や古典文学でもないかぎり、法律も経済も真実を追求しようとすれば、最後は共産党の矛盾を突いてしまわざるを得ないし……。
 かくて大半の先生たちはあたりさわりのないテーマを選び、ポイントの周辺をごにゃごにゃやるということになる。
 この国で何かを研究したり発表しようとしたりしたら、いつも本当のことを隠すという表裏二重性を保持しておかないとダメなんだなー、とつくづく思う。(p.129)


言論に自由がないというのは大変なことだと改めて思う次第。



 中国文系の最高学府だし、ディベート研究、学者としての発表訓練、調査、分析手法の研究、フィールドワーク、ワークショップなどもやってるのではないか?と思っていた私もだんだんに、中国の学者が生き残るために一番に学ばねばならぬのは、研究そのものでなく政府の顔色を見るという別の処世術であることに気がつく。
 自分に危険が及ぶかもしれない議事録は作らないだろう。それでなくてもはねっかえり学生の多いこの大学で。
 中国の教育がいまだに大量の暗記、大量の本(内容は古い)の購読で、作文ですら型が決まっててはめ込むことを強要されるのは、これと無縁ではないと思う。(p.150)


これがどれくらい全体的な状況を反映しているのかはわからないが、こうした傾向はありそうなことである。



中国の各世代を見ていると、文革の爪あとなど、子供から青春時代の環境がいかにその人の一生に影響を与えるか、くっきりわかる。
 今の七十歳以上の青春時代は、戦争や苦しい時期もありとても貧しくはあったけれど、中国が建国の意気にあふれ、まだ理想を追うことができた一番いい時代だったそう。
 実際にこの世代の庶民は極端な拝金主義ではないし、思いやりもあり、別に日本の同世代とそう変わらない。日本が一番迷惑をかけたはずのこの世代から、一番戦争の非難をされない、とは長期滞在の日本人がよく言う言葉。
 文革後に生まれた三十代前半から二十代の若者も、反日洗脳や甘やかしを除けば清潔なところはずいぶんあり、正当な方法でしっかり働き、お金を儲けようとする若者も多い。親の苦労を見ているからガッツもある。
 が、二十歳になるまでの大半の時期を、最初は飢餓、次は文革の裏切り合い、殺し合いを見て育った四十すぎから六十歳くらいまでは、もう何でもあり。(p.191-192)


興味深い世代論。

70代以上の世代が戦争の非難をしないのは、必ずしも一方的なものではないということ――日本軍に従軍した兵士もある種の被害者であり、さらにいえば、戦争に動員されるということが各人の意思とは無関係に強制的な要素を持っていて、個人の力ではどうにもできないものであることなど――を身をもって知っているからだろうし、共産党が自己の権力を正当化するために「仮想敵としての日本」を強調する以前に教育課程を修了したからではなかろうか。



 払う税金も含めて考えると、日本は先進国の中でも医療費はそう高くない。海外に行き、初めてその有り難味がわかる。(p.206)


まぁ、そういうことだ。高くないから赤字になるのである。そこのところをすべての有権者が理解すべきである。



 中国は駆け引きで外に対しては軟化した様子を見せたり、その情報を日本の新聞社に流させたりするが、国外に向かって言っていることと、国内向け報道は基本的にまったく別である。(p.226-227)


どこの国の政府もやっていることであろう。ただ、確かに中国はこれが普通よりも露骨でもおかしくない。あれだけ言論が規制されているのだから。



 一般に今の日本のメディアは(私も含めて)、共産党が反日を仕掛けている、というが、中国人がよく言うのは、
 「国民が怒るから、政府は真実を言わないんだ。国民が喜ぶからメディアは反日を載せるんだ」
 外国人に向かって独裁政府をかばっているのか、本当に元来強い反日の気持ちがあるのか、はたまたそこまで洗脳されているのか……、答えはたぶん全部である。(p.228-229)


悪循環というやつですな。断ち切るのが難しいのだが、やはり共産党とメディアが流す情報を変えることが改善のために必要なことだろう。



 そのときにつくづく思った。
 国家や政治に個人の気持ちが振り回されるなんて、本当に心底うんざりだと。(p.262)


言論の自由が十分でないということは、こういうことである。言論が自由であってもナショナリズムに縛られているということはこれと同じ傾向を示すことになる。私がナショナリズムに与しないのは、こうした感覚を強く持っているからであると思う。

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