アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

谷崎光 『北京大学てなもんや留学記』(その2)

 そもそも私は学校を卒業後、中国商社に勤めていて、しばらくの間、週に二、三回習いに行っていた(もっとも残業でしばしば一回になる)。
 が、それが本格的な習得にはあまり役に立たないことは、本当に『できる』人ならみな知っていると思う。こういう教室はきっかけや自分で勉強するペースメーカーとして有効なのである。(p.90)


なるほど。

言語習得は通常の知識習得のような学習というよりも、スポーツなどの(身体感覚を伴う)技術習得に近いようだ、というのが私の現時点での考えなのだが、それとも合致する内容であるように思われる。

というのは、教室で教わる言語というのは、やはり文法知識や単語などについては知識の形にしかならないし、発音についても、重要なヒントを与えてくれることはあるにせよ、話せるようになるためには自らの感覚によって習得するしかないから、教室での学習そのものは、「本格的な習得にはあまり役に立たない」のである。ただ、継続的に学習する際の環境を整える点では学習者を個人として孤立させず、社会的なネットワークに組み込むことになる点では確かに有効だろう。



 いわゆる丸暗記の旅行会話の延長に、「話せる」はないと思う。(p.91)


フレーズを覚えるだけの学習では、所詮、知識を覚えるだけだからである。



 語学は勉強ながらトレーニングの要素が強くて、机上の知識でテニスができないのと同じで、若いほどうまくなる。が、いくつからでもできるようになるというのもテニスに似ている。(p.91)


私が上で書いたことと同じ意見のようである。もちろん、私はこの本を読んだ後で上の文を書いたのだが、このフレーズはブログに抜書きする予定ではなかったから覚えていなかった。

私が上の考えに到達したのは、河本英夫の「オートポイエーシス」の着想を言語習得に適用したからである。私自身は外国語がてんでダメだから、自分の語学学習の経験から語るわけにはいかないのだ…。ただ、それがこうしてきちんと話せる人の感覚と合致すると我ながら「おおっ!」とか思うわけだ。



たとえば今、中国語力ゼロのふつうの人が、一日十五分の勉強を十年積み重ねても、片言ぐらいはできても、まず『話せる』ようにはならない。ガーン。(p.92)


語学のトレーニングも大変なものである…。



単語暗記も、実はあれは慣れで、やればやるほど早くなる
 中国語は最初が一番大変で、ひとつの字に漢字、四声込みの発音、意味、さらに発音の仕方等を覚えないとダメで四苦八苦するが、逆に千字ぐらい読み方をおぼえちゃうと組み合わせることができ、しかも日本語と共通の言葉が多いので、日本人は突如として上達する。(p.93)


ふむふむ。なるほど。1,000字くらいならナントカなりそうな気がする。っていうか、1字覚えるのも声調込みだとちょっと大変だが、発音だけでももう少しマスターできればいけるかも知れない。歴史学とか社会学とか政治学とか財政学とかの勉強を一時的に(2~3年くらい?)中断すれば中国語は少し話せそうな気がする。問題は、そんなに知的禁欲ができるかということだ…。



先へ先へと進むより、拍子抜けするほど簡単なものを、よく理解して、くりかえして徹底的に頭と口に叩き込むのが話せる早道なのである。特に初期。ベストはそれを人間相手にやる。ママが子供に無意識にやっているのがこれ。ただし子供はこれで脳みそに自動的に文法が形成されるが、大人は違うので誤解なきよう。(p.94)


なるほど。私が通っている教室で他のメンバーに対して思うのは、先へ先へと進もうとしすぎることであり、また、「学習」に偏りすぎた発想である。まぁ、教室は所詮ペースメーカーなのだから、それでいいや、と割り切ることにする。自分のトレーニングを地道にやれば話せるようになるのだろう。

最近はチャットを利用してネイティブスピーカーの友人と会話(での練習?)を始めたところだったりする。これだけ環境がそろったということはやはり今は語学をがっちりやれという天の思し召しなのか???と思ったりする今日この頃である(苦笑)。



 私がよくやっていたのは日常、電子辞書を持ち歩き、言えなかったことなどすぐ引き、夜にその日の履歴を暗記。相手が友達だったらわからない時は書いてもらう。
 単語も、「反日対策」「ご飯」「引越し」などの同一テーマで括ると覚えやすい。(p.109)


電子辞書というものを使ってみて、思ったのは思った以上にいろんな機能があって、いろいろなことに使えそうだ、ということ。この履歴の使い方は非常に参考になる。やってみよう。



 つまり木にたとえると、発音は根、文法が幹、単語が葉っぱで、子供は根と幹が自然に成長するが、成人は固まってしまっているので(日本語の「木」がすでにある)、人為的に叩きこまないと、葉っぱだけ増やしてもいつまでたっても話せない。
 幼稚園児は話すスピードは遅いし、使える単語はわずかだが、基本の語順(文法)はすでにほぼ正確……。(p.114)


この箇所は本書を読んでいて私のツボにはまったところである。腑に落ちた。やっぱり根である発音をやるのが一番大事だと思い知る。文法ももう少しやらねば、とも思うが。

あと、私が知る日本在住の外国人で、日本人のコミュニティに参加していない人がいるのだが、彼はしばしば、自分は日本語の単語は沢山知っているが、それをどうやって並べたらいいのかが分からないので話せない、と言っていた。日本人のコミュニティに参加せずにいるから、日本語を学習していないためだろう、ということに思い至った。



スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/557-f19a34e6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)