アヴェスターにはこう書いている?
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立岩真也、尾藤廣喜、岡本厚 『生存権 いまを生きるあなたに』(その3)
岡本厚

 その不平等さ、格差をどれだけ小さくするか、一つは税制でもう一つは社会保障だとよく言われる。でも、実は税制は格差是正にあんまり効かないらしいんだよね。(p.90)


それはそうだろう。ただ、税制は歳入(納税者から見ると徴収)の面だけでなく、歳出(受給者から見ると給付)の面での是正効果もあるわけで、その一つが社会保障制度なわけだから、(岡本がどのような数字を元にして話しているかはわからないものの)単に歳入(徴収)の面だけで判断してはならないはずである。



 最近、ザカーリアというニューズウィークの編集長が書いた論文で面白かったのは、アメリカは没落するというけれど、そうじゃないと彼は言うのね。それは、アメリカはどんどん外から移民を受け入れる、それから高等教育が充実しているから世界中から若い人がやってくる、だから人口は減らないし、高齢化も進まない、次々と技術革新も生まれて来る、と。そしていま経済成長している東アジアは、日本も韓国も中国も、単一民族主義が強くて移民を受け入れられない、だから人口もやがて減り、高齢化も進み、衰退するだろう、と。(p.102)


一面の真理を突いていると思う。

アメリカは移民を受け入れることで活力を保つことができるという点は正しい。東アジア諸国、特に中国や日本が高齢化によって衰退する趨勢に入ることも確かにそうだろう。ただ、中国で高齢化が本格的に始まる前に移民を受け入れることができる体制になるかどうかは未知数である。もし移民を受け入れることになれば、中国は活力をかなり維持できるだろう。あとは、諸外国の人々から見てアメリカと中国とどちらが経済的および政治的に安定しており、魅力的だと映るかが両者の勝敗(?)を分けるだろう。

現状を見ればアメリカの方がよいに決まっているが、20年後の中国と20年後のアメリカはどうなっているか?というのは現状だけからは考えることはできない。1960年の日本と1980年の日本は世界的な地位を見てもかなり違ったものだったはずであるが、中国の経済成長率はこの時期の日本のようなものであるから。なお、移民を入れて活性化するという方向性については、日本はもうほぼ手遅れであると思われる。

なお、移民の受け入れの障害になるのは、「単一民族主義」のようなイデオロギー面であるというよりは、そうしたイデオロギーが人々の間で受け入れられてしまうような社会の構造にあると考えるべきである。イデオロギーは社会のありようが変われば比較的短期間のうちに(一世代まで行かずとも10~20年程度あれば)変化しうる。



ある程度豊かな社会になって、時間とお金がある教養層が生まれ、その層が厚くなって、民主主義を担う人たちが出てくる。文化的なものを摂取したり、作り出したり、連帯して社会を変えていく思想やエネルギーを生み出したりする存在、それが中産階級で、その中産階級を壊してるのが今の新自由主義だ。(p.104)


概ね妥当。



 規制緩和なんて、それで世の中の既得権、利権をなくすような幻想で行われたけれど、実は、利権のありかを移動させただけでしょう。規制緩和でどれほどのビジネスが生まれたか。かつてはピンハネと言われたのが「人材派遣業」であって、いまどれほどこのピンハネ業、人買い業が流行っているか。(p.109)


全く正しい。あのレトリックに騙されたやつはアホである。しかし、今も騙されているやつは多い。

例えば、税金を挙げても無駄に使われるだけだから増税は嫌だという人は、まさに規制緩和の場合と同じ感覚にもとづいて判断しているのである。行政が行う規制によって、行政に保護されている人びとに利権が配分され、彼らの既得権を肥大化させるだけだ、という論理と、行政が行う給付(歳出)は、行政のために使われるだけで、彼ら公務員の既得権になるだけだ、という論理であり、既得権の受け手が行政と関係がある一般人であるか公務員であるかの違いに過ぎない。

発言の根底にあるのは、自分のことしか考えない利己的な財貨蓄積欲(金を他人のためには支払いたくないという気持ち)であり、またそれを正当化する際に働いているのは、再配分の配分先に対する羨望である。

そこには社会というものを考える視点は全くない。私が社会科学を学ぶ中で得たことは、こうした狭い視野からの脱却であった。

新自由主義のあまりにわかり易すぎる単純化されきった図式が浸透してしまったことの弊害は、どれほど社会科学的な知見を単純化してもあそこまで単純化することはできず、それゆえ無学な(もう少し正確に言えば、政治的に成熟していると言いうる程度の判断を下すのに十分な程度の社会科学的な方法に基づく「事実」の認識方法を習得していない)一般人に完全に共有することは難しいために、社会科学的な考え方が普及する際の妨げになる、ということである。




 もう一つの問題は、こうした閉塞状態に対して発言するリベラルな大学の教授とか、ジャーナリストとか、労働組合とか、そういう人たちは、ある人びとから見ると特権層に見えるということ。そこから発せられる言葉は、何かきれいごとに聞こえるし、なぜかものすごい反発や憎悪を生みだしている。丸山真男をぶっとばしたい、とかね。10年も前に亡くなっているというのに(笑)。(p.111-112)


ここにこそ閉塞状態の閉塞状態たる所以があるように思われる。これが現代日本における言論の大きな課題である。



 なぜみんな増税がいやかっていうと、自分の払った金が、どこに使われるかさっぱり分からなくなっちゃうから嫌なんだよ。絶対に計算の合わない空港とか、費用対効果の怪しい高速道路になっちゃうから。税金は公平に使われず、特権のところにいくだけだと思うから嫌なわけで、確実に自分のところに戻ってくる、自分たちの社会のためになると確信をもって思えれば、多くの国民は払うと思う。
 つまり政府(政治家と官僚を含め)への不信が増税を阻んでいるわけで、日本の場合、増税を言って選挙に勝った試しはない。だから選挙のときに、政治家は国民を騙すようになるし、そうするとさらに国民は政治家への不信感を募らせる。悪循環だよね。社会保障を再建するためには、財政を再建することが必要だ、金持ちは増税を、金のない人は福祉の切り下げを我慢してほしい、といってスウェーデン政府は財政危機を三年で乗り切ったという。政府への蓄積された信頼がある場合とない場合のあまりの差じゃないだろうか。(p.117-118)


ここで重要なのは、例えば、「情報公開」をすれば使い道がきちんとわかるから税を払っても良いというふうになるかというと、そうではないということである。

公開された情報のどの部分が人びとに知らされるか、ということが問題なのである。

ここ20年ほどを見ている限りでは新自由主義の広まりと歩調を合わせて、「おかしな使い道」ばかりがクローズアップされ、あたかもそうした使い方しかなされていないかのように報道が続けられてきた。つまり、情報公開などしたところで、日々の生活に追われている一般市民にはそれを読みとくだけの余裕などない。所詮は研究者やジャーナリストやごく一部の市民運動家たちがそれを読解することになるが、彼らの多くは政府がやっていることが十分正しくないということを言う事に躍起で、正当な支出やさらに拡充することによってよりよくなる給付などについては全くというほど触れない。少なくとも、一般人の目に触れるような形で公表することはない。

NHKなりTBSなどのマスコミが右翼的な連中から槍玉に挙げられて、戦争への反省や憲法擁護などの議論を報道するだけで「偏向している」などと騒がれるが、日本のマスコミにおける「偏向」があるとすれば、その最大のものはまさに、財政の支出に対する「適切な批判が」行われていないことである。すなわち、重箱の隅にある小さな間違った仕方での支出をクローズアップして、それらをあたかも全体であるかのように人びとに思わせてしまったことにある。「批判」とは悪いことを非難することではなく、正しいことと誤ったことを適切に分けることである。マスコミ関係者に良心があるのならば、適切な歳出やそれの拡充についても、今までよりも積極的に語ってほしい。心からそう思う。

もちろん、それに便乗している小泉のような政治家連中の人気取りや、これを積極的に後押ししてきた、コソドロである元官僚・高橋洋一やケケ中のような連中には吐き気がするが、そうしたアホが居てもマスコミが揃ってあのような報道を続けない限り、彼らが評価されることはなかったことを考えると、言論状況の危うさにこそ危機感を覚えるのである。



MDっていうのはアメリカを守るためのシステムでしょう。しかもほとんど当たらない(笑)と言われている。アメリカの防衛産業のために何兆円も使う馬鹿馬鹿しさ。(p.119)


ここ数年の財政の歳出のうち最大の無駄はこれであろう。「マッサージチェア」を問題にするより、これを問題にしないようでは話にならんのだが、この話についてはこちらを参照されたい。



 日本の対北朝鮮政策が間違えてるのは、経済制裁をすれば相手は言うことを聞くだろうという発想だね。中国と韓国が援助してるから制裁は効かないし、そもそも困らせたら言うことを聞くだろうっていう考えそのものが間違えてる。それはたぶん自分の似姿なんだろうね。日本は、自分たちなら困らされたらきっと言うことを聞いちゃうと思うんだな。(p.122)


最後の、「自分たちなら困らされたらきっと言うことを聞いちゃう」というのは、なかなか鋭いアイロニーである。80年代から90年代にかけてアメリカ政府に実際にやられてきて従ってきたという事実からすれば、それは的を射た一番痛いところとも言えるからである。

ネオコンのような力の信奉者は力だけに頼るから失敗するのである。力というものは場を弁えて適切な時と場所で使わなければ意味がないのである。



新自由主義になって一番怖いのは、エリートたちが私利私欲に走りはじめたことだよ。(p.132)


同感である。

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