アヴェスターにはこう書いている?
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巴比典憧 『内モンゴル・チベット一人旅』

わたしは在野にあって、泥まみれになって中国を世界を旅行し野人の本音を人々に伝えたいのです。(p.117)


このあたりの感覚は私も一人の旅行者として共感できる部分である。



 「ぼくは少数民族を研究しようとは思いません。一体全体一つの民族を研究対象にしていいものでしょうか。仮にチベット族の人が日本民族を研究対象にしたらあなたはどう思いますか。ぼくは彼らと親しくお付き合いできればそれでいいと思っています」
 結局岡助教授も学者であった。ある民族を科学的理論的に解明してなんになる。その業績は国家という代物に利用されて、民族間の闘いの図に発展しないとも限らない。大谷隊やスタインの業績をみればわかる。彼らはタクラマカン砂漠を旅行し文物を盗み自国に利したではないか。直接的ではないにしろ、権力に利用されないよう気をつけねばならない。(p.117-118)


本書の旅行記は正直言って、あまりどうということはない文章であり、インターネットによる旅行記が溢れている現在においては、ほとんど何のアドバンテージもないという程度のものである。ただ、この箇所はなかなか良いレトリックを用いていると思われたので引用した。

「日本民族」なんてものがあるかどうかは別としても、ある「民族」を抽出して、その人間集団全体の特徴や性質などを捉えようとするとすれば、それも、著者が「科学的理論的に解明」と書いていることから読み取れるように、民族の特徴や性質などを、ある種の普遍的な理論としてその全体を描き出すことを想定しているとすれば、確かに著者の批判はかなり当たっている。ただ、こうした本質主義に対する批判は、ある意味たやすいし、ありふれてもいる。

また、科学が権力に利用されることへの警戒もまた重要なことである。

ただ、「彼らと親しくお付き合いできればそれでいい」としても、そのためには「彼ら」と知り合っていく必要がある。例えば、「彼ら」が概ね共通してタブー視しているものを知らずにコミュニケーションをとると、その都度相手を傷つける(相手の気分を害する)ことになりかねない。もちろん、それも「お付き合い」していく中で理解していくことになるわけだが、そうやって蓄積される知識を、他の人々と共有しようとすれば、その知識のあり方は自ずと研究者が行うようなものに近づいていくのではないだろうか。

また、人類学や民俗学や東洋学などが植民地支配などを正当化するための理由付けに利用されたことは否定できない。しかし、誤ってであれ、意図的にであれ、悪意を持って形成されたイメージを偏見として広めることとなり、それが相互理解の妨げとなることはありうるとしても、全く無関心で傍らを通り過ぎるよりは相互理解の上でも役立つ、少なくとも役立ちうるとは言えるだろう。

客観化ないし普遍化を志向する反省的な知というものは、否定されるべき要素を大いに含んでいるのは確かであるが、全否定の対象とはならない。



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