アヴェスターにはこう書いている?
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野口雅弘 『闘争と文化 マックス・ウェーバーの文化社会学と政治理論』(その1)

 ウェーバーの社会科学的な著作を理論的に究明しようとする者は、これまで通常、彼の方法論的著作に注目してきた。ウェーバーの『科学論(Wissenschaftslehre)』はたんなる社会科学方法論ではなく、「哲学的」な著作として理解されてきたのである。このことは、ウェーバーの政治理論解釈にも当てはまる。おもに時事的問題への発言集である『政治論集』を体系的に解釈するために、しばしばウェーバーの方法論的な議論が参照されてきたのである。しかし注意しなければならないのは、ウェーバーが方法論に取り組んだのは、彼の作品史においてはいわゆる「第二期」だけであるということである。「新たな生産的な局面」である「第二期」は精神的な病気のあと、『ロッシャーとクニース』(1903-1906年)とともに始まった。しかし彼の方法論の議論は「第二期」に限られている。「世界宗教の経済倫理」の「序論」や「中間考察」を含む「第三期」は、もちろん方法論的な議論と無関係ではないが、これとは独立している。・・・(中略)・・・。ウェーバーは「第三期」においては、方法論という手段ではたどり着けないものに取り組んでいたと考えられるのである。(ウェーバーにおける科学論の限界と文化社会学の課題については、本研究の第Ⅱ章で論じる。)
 こうした作品史的な観点を考慮に入れるならば、ウェーバーの政治理論も、とりわけ「第三期」の成果、つまり比較宗教・文化社会学を基礎にして解釈されるべきであると言うことができる。本研究はこうした前提から出発する。従来は、ウェーバーの政治理論を方法論との関連で理解しようとすることで、その個人主義的な側面が強調されてきた。しかし秩序や文化の位相に注目する「第三期」の成果を基礎にして、彼の政治理論を再構成するならば、それはまったく別様に解釈できるはずである。(p.1-2)


本書はこうした観点に立ってウェーバーの政治理論を別様に解釈していく大変興味深い論文である。

方法論が第二期に限られているという指摘はウェーバーの作品史を考える上で非常に重要なポイントを突いているように思われ、非常に参考になった指摘である。

方法論に関する論文は『価値自由』論文と『理解社会学のカテゴリー』を含めても1913年頃が最後であり(前者が公に発表されるのはもっと後だが)、実質的には1909年頃までに書かれたものである。(主なところとしては、『客観性』は1904年、『マイヤー』は1906年、『シュタムラー』は1907年である。)そして、山之内靖がウェーバーの思想が変化したことを強調する、『古代農業事情』の第三版が1909年に出ており、「世界宗教の経済倫理」は1911年から研究が始められるという流れになっている。

『政治論集』に掲載される論文の多くが第三期に属するとすれば、本書が主張するように比較宗教社会学的研究(文化社会学)との関連でウェーバーの政治論を読むという見方にはそれなりの妥当性があると思われる。

ただ、第二期の方法論と第三期の文化社会学の間にどのような関係があり、どのような断絶(独立性)があるか、という点についてはこの論文では十分に論及されていないため、この点についての究明はしておく必要があるように思われる。



 いわゆる「決断主義(Dezisionismus)」もこうした遠近法的な非合理性と対応している。カール・シュミットが「ウェーバーの正統な弟子」であるかどうかはともかくとして、(極端に)相対主義的・多元主義的な状況が権威主義的・権力政治的な契機と相関するということは明らかであろう。遠近法主義的な立場から帰結する「「評価する」立場の無限の多様性」は、秩序の危機を引き起こす。立場が多元化すれば、ある特定の価値に依拠する形での秩序形成は困難になる。ここからホッブズは、「真理ではなく、権威が法を作る」(『リヴァイアサン』第26章)と結論づけるのである。「決断主義」が成立するのはまさにこうした文脈においてである。シュミットは、以下のように述べる。「決断はそれ自身が言明の意味であり、目的である。決断の価値は圧倒的な論証にあるのではなく、むしろまさに相互に矛盾する多様なありうる論証から生じる疑いを、権威的に排除する点にある」。こうしてカール・レーヴィットが主張するように、「ウェーバーの歴史的「相対主義」」は「シュミットの独裁的決断主義」と切り結ぶことになる。(p.15-16)


極端な相対主義・多元主義の下では、ある認識が妥当であるということの優位性を論理的・「合理的」に主張できないが故に、現実に権力を有する立場からの決断を排除できず(論理的に同等のものとせざるを得ず、現実的に力を有する以上は)、独裁を容認せざるを得なくなるという論理か。

こうした相対主義・多元主義と権威主義のコラボレーションは、80年代以降のポストモダニズムの隆盛とほぼ同じ時期以降の新自由主義や新保守主義の台頭という状況として日本でも再現が見られたところであり、著者もそうしたことを念頭においているのではなかろうか。



 ウェーバーの著作においては、「冷たい承認」と緊張の回避が対応し、「実質的(massiv)」要求と緊張関係が結びついている。「実質的」という言葉は、「わたしたちをもっとも強く揺り動かす最高の理想は、いつの時代でも、もっぱら他の理想との闘争を通して実現される」という認識に基づいて、用いられているのである。マキアヴェリの時代の人々が「強力に(massiv)」教会に帰依していたというとき、それは、カント的な倫理学やダルマによってあらかじめ定められた規範に「怒りも興奮もなく」ただ無条件に従うということを意味してはいなかった。ウェーバーにおいて、緊張と情熱は相互に結びついている。そうしてそうした理解から、中国やインドの文化においては、緊張関係の欠如ゆえに、「情熱」は疎遠なものであったとする。(p.49)


的確な指摘であるように思われる。

ウェーバーは、他の理想との終わりなき闘争による緊張状態およびその闘争に臨む者の情熱に価値を見出しているというわけであろう。この点については、ウェーバーが『職業としての学問』で述べた「いやしくも人間としての自覚のあるものにとって、情熱なしになしうるすべては、無価値だ」という言葉(尾高邦雄訳p.23)が想起されるし、また、『職業としての政治』においても政治家にとって重要な資質の第一に「情熱」が挙げられていた(情熱、責任感、判断力)ことが想起される。ウェーバーは「ここで情熱とは、事柄に即するという意味での情熱、つまり「事柄(ザッへ)」への情熱的献身、その事柄を司っている神ないしデーモンへの情熱的献身のことである」と述べる(脇圭平 訳p.77)。

少なくとも私が思いつく限りでのウェーバーの発言を見る限り、著者のような解釈には妥当性があるように思われ、的確な捉え方であると思われる。

ただ、かつてウェーバーが「個人主義的」に解釈されていた頃にも、これと類似の点に魅力を感じていた研究者たちはいたと私は見ており、その意味では目新しい指摘ではないようにも思われる。むしろ、彼ら(安藤英治など)との差異がどこで生じるのかを明示する必要があるようにさえ思われる。



 ウェーバーは「官憲国家」という概念を用いて、中国における「家父長制的な支配」とともに、ドイツのルター派の政治を論じている。中国の文化の分析が同時代のプロイセン社会への視座を鋭くし、また現実政治へのコミットメントが比較文化社会学の研究を深めている。ウェーバーが中国の神政政治的な家産制国家における「宗教的・功利主義的な福祉国家」の考察をするとき、これは近代社会の診断とつながっている。(p.55)


第三期の文化社会学と政治論とが密接に関わっていることについての指摘をしている箇所の一部である。中国のみならず、ロシア、インドなどに対する研究でもこうしたことが言えるとされる。今後、こうした視点から読み直してみたい部分である。


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