アヴェスターにはこう書いている?
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大塚久雄、安藤英治、内田芳明、住谷一彦 『マックス・ヴェーバー研究』
安藤英治 「マックス・ヴェーバーにおけるカリスマ社会学の意味」 より。

生涯福音に対する尊敬の念を失わず、しかも“クリスチャン”にはなり切れなかった“政治人”ヴェーバー。「国家権力」と「良心の自由」のアンティノミー、「官僚制化」とその内部における「精神の自由」を守ろうとする闘い等は、みな、このキリスト教倫理と非キリスト者というアンティノミーに支えられていたのではなかったろうか。(p.48-49)


本書は1965年に出版された論文集であり、論文の多くはその少し前に書かれて発表されたものを加筆等したものであるが、この時代のウェーバー研究のあり方の特徴を示している一文であるため引用した。

特に安藤に顕著であるが、社会学なり社会を研究するというよりも、ウェーバーという人物に好感を抱き、ウェーバーの人格を理想化して描き出す傾向がこの時代の研究には散見される。安藤の場合は、関心が社会そのものやウェーバーの理論よりもウェーバーの人格に向けられる度合いが非常に強い。

「自覚」の強調や上記のような矛盾ないし葛藤を抱えた存在としてウェーバーの人格が描き出されるのが安藤におけるウェーバー描写の特徴であるように思われるが、これはこの時代に知識人の間ではそれなりに流行していた実存主義との相関を感じさせる。同時に、この時代の研究者たちはマルクス主義への批判者としてウェーバーを位置付けようとする傾向も強いのだが、実存主義とマルクス主義という2つの潮流は、まさに本書が出版された頃の日本の知の世界において力を持っていた思潮だったのだが、そのどちらとも通じるものを持つものとして捉えられるからこそ、ウェーバーへの関心も高かったのかもしれない。

日本は諸外国と比較してもマックス・ウェーバーへの研究熱が高かったことの理由はそんなところにもあったのではないかと思う。あとは、明治以来ドイツを一つの模範としたために大学でドイツ語が履修される傾向が強かったことも背景要因としてはあるかもしれないが。



とりわけ『取引所』は、作品世界におけるヴェーバーの出発点をなすものとして、東エルベの農業調査に関する諸論文とともに重要であるが、それは、たんに彼の“経済的ナショナリズム”がそこにおいても基礎に横たわっているからというだけのことではない。当面の問題に関しとりわけ重要なのは、1894年のこの論文において、すでにヴェーバーが英米の資本主義とドイツの資本主義を対比させるという観点を明瞭に示している点である。・・・(中略)・・・。かくて、国民国家の経済的基盤としてのドイツ資本主義近代的に確立するという実践的要請――これこそがヴェーバーにおける経済重視の本来の意味であったことが明らかとなる。(p.57-59)


資本主義という言葉を「国」により性質が違うものとして扱っている点には私は賛同しない立場であるが、ウェーバーの中には、英米という世界システムの中心的な位置にある地域とそれに対抗して伸張している勢力としてのドイツという位置づけがあり、ドイツにはより「伝統主義」的なエートスや社会勢力(ユンカーなど)が残っているとする理解の仕方は、ウェーバーが物事をどのように考えていたかということを捉える点では誤りではないように思われる。

ウェーバーにおけるナショナリズムの問題を考える上でも、こうした「国民経済」の比較という観点を彼が持っていたと捉えておくことは一つのポイントになるであろう。ただ、安藤の結論は一方的な関係になりすぎているように思われる。経済を重視する中でそうしたナショナルな問題意識が形成されてきたという面と相互作用していると考えるのが自然であろう。

研究の結果を先に見通しているのではない限り安藤のような一方的な関係は生じないはずであり、この点は彼の議論に往々に見られる誤りであるように思われる。すなわち、安藤は時代の異なる別々の論文を持ち出してきて、その結論や位置づけを直接つなげようとする傾向があるのだが、その際、後期に到達した結論を前期のうちに既にウェーバーが見通していたかのように書いているように思う。研究者の視点からすれば、確かにおぼろげに結論を先取りしている部分もあるだろうが、それは明確に捉えられていないというのが普通であり、ウェーバーにおいてもそれは同様であるように思われるのだが、彼ら研究者の間では天才的な人物として称揚されるウェーバーは、あたかも既に結論を見通していたかのように語られている。幾らなんでもこれは不当であるように思われる。



かかる「自己克服」――その意味における「禁欲」――に立脚する「良心の自由」。これこそ“市民的騎士”ヴェーバーが「品位」と呼ぶものであり、かかる意味における「品位」こそ、ヴェーバーの人間存在におけるアルファにしてオメガなるものであった。(p.83)


最初の引用文で示したのと同様、安藤の理想を強く反映したウェーバー像。確かに私もウェーバーにこうした一面があることは認めるが、同時に、それは一面でしかないのだが、安藤にとってはそれが「アルファにしてオメガ」とされている。この引用文は論文の結論部のものであるがゆえに安藤の姿勢が一層明確に出ている箇所と言える。



内田芳明 「文化比較の諸観点と諸問題――インドとユダヤ民族の比較――」 より。

従ってたとえば現代の「帝国主義」とか「国家独占資本主義」とかいわれる一連の事象についても、それが「近代資本主義」の諸契機、たとえば資本計算にせよ官僚制的行政機構にせよ法的諸前提にせよ一連の諸契機をうけついでいるとしても、しかしながら、かつて封建的・前近代的経済社会のなかから、それらの古い原理と対抗関係に立ちつつ発生してきた過程でそれらの技術的契機が果たした役割と、それらが現代の帝国主義的経済社会の内部で現実に機能する意味や方向とでは、まったくことなるものをふくんできており、それはかつての「近代資本主義」からはおよそ変質した異質のものとしての意味を帯びてきているのである。従って、このような帝国主義段階での経済現象は、むしろヴェーバーの「賤民資本主義」の関連で理解した方がはるかに実質的に正確な議論がえられることになるのであろう。(p.321)


この論文も40年以上前に出されたものだが、ここで述べられていることは、2000年代における「ありうべきウェーバー解釈」とも通じるものがある。

「近代資本主義」をウェーバーが「産業資本主義」として捉えたことや、それを1950~60年代に日本の学者達が盛んに取り上げたことについては、次のように私は理解している。

すなわち、ウェーバーが生きた19世紀末はドイツの社会においては、目に見えて産業が興隆していった時代であったことが、ウェーバーによる「近代資本主義は産業資本主義」であるとする捉え方に深く刻み込まれている。日本でウェーバーが盛んに受容され議論された時期についても同様であり、戦後の復興期から高度成長期であり、日本において製造業が19世紀末のドイツと同様に興隆していた時期であったことが関連している。(ついでに言えば、これらの時期と国では金融はそれほど重視されない傾向にあった。)つまり、現代で言えば、インドや中国で見られるような産業の急速な展開がこれらの地域で起こっていたわけである。

ちなみに、「産業資本主義」が可能であった条件を「エートス」に求めることは、それらの地域の人々にとって、「自分達のある観点からする評価における優越性を主張すること」に繋がりうるものであったため、当時の人々にとって何がしか琴線に触れるものがあったと見ることができる。
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