アヴェスターにはこう書いている?
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トンマーゾ・カンパネッラ 『ガリレオの弁明』

私たちはまた、異教徒の教義を利用している場合が多い。というのも合理的な観念はキリストの理性に由来しているからである。異教徒たちが迷信を拒絶する限り、キリストとその理性を分かち合っているのである。(p.59)


世界が有する「合理性」はキリストすなわち神の「理性」に由来するという信仰。ヨハネ福音書に特に強く出ている思想であるが、この思想は「西欧における『合理主義』に対する高い評価」を後押しするにあたり広く利用可能であった考え方である。これが原因として「西欧合理主義」が成立したなどという前時代的な議論はしないが、このようにして体制的な権威と結びついたところで合理性を称揚する思想が古くから存在しており、それを容易に利用可能であったことは、17世紀前後のいわゆる「科学革命」の時代などには、一つの考え方の拠りどころを提供したとは言えるかもしれない。



 八世紀にフランク王国のカール大帝が西欧の学識者を集めて、各地の教会・修道院に設けた附属学校をスコラといい、そこで行われた学問がスコラ学である。後年、広義で、中世の諸大学で研究された学問、特に神学および哲学を指す。(p.146)


本書の事項解説の「スコラ学」の項より。

いわゆるカロリング・ルネッサンスの時代にスコラ学の組織的基礎が築かれたと言える。この後、スコラ学は3期に時代区分されている。すなわち、9~12世紀、13世紀、14世紀以降がそれであるが、13世紀に画期が存在するのは、社会的な背景としてモンゴル帝国が世界帝国を築き、それによるユーラシア規模の経済圏の連結が進み、13世紀世界システムが形成されたという事態が背景にあると想定できる。

こうした経済の統合の結果、ユーラシアの辺境であった西欧の地域にも一定程度の都市化と富の蓄積が進展し、そうした体制を擁護するためのイデオロギーとしての盛期スコラ学が成立したと思われる。アリストテレス主義が確立したことも、12世紀ルネッサンスの時代の翻訳運動の帰結という面があるにせよ、東方からの知識の流入が刺激になっていたことは確かであるように思われる。(トマスの著書にも、アヴェロエスなどへの言及が多いと私は記憶している。)



 カンパネッラは、アリストテレス哲学が導入される以前の、こうした教父たちの宇宙観にかなりの拘泥をみせている。それは『ガリレオの弁明』が聖書のコスモロジーを読み解くことを意図したものであり、むしろ彼がアリストテレスの自然観に反する立場をとるからである。言葉を強めれば聖書のアリストテレス的解釈から聖書を救おうと企図したのであり、これはコペルニクスとて同様であった。(p.153)


非アリストテレス的聖書解釈、非アリストテレス的コスモロジーという意味では、新プラトン主義的な12世紀以前の教父たちの教説も、カンパネッラやガリレオらの立場も共通であった。ガリレオはカンパネッラほどには世界観を求めておらず、観察される事実を数学的に説明することに力点を置いたのに対し、カンパネッラは反アリストテレス的コスモロジーへの反対という点ではガリレオと共通しながらも、コスモロジーを再構成、再解釈しようという志向が強いという点でガリレオとは相違点があったとされる。両者の書いたものを読む限り、訳者によるこの分類はそれなりに適切であると言える。そして、『ガリレオの弁明』が聖書のコスモロジーを読み解こうとしたものであるというまとめも的確であると考える。カンパネッラがこうした立場であることが、本書では教父たちの宇宙観へのこだわりとして表現されているわけである。

ただ、注意すべきは、ガリレオの立場もまた、現代人の観念や「近代科学」とは立場を異にしている面があるということであろう。この点は村上陽一郎がかつて強調していた点でもあるが、それはガリレオも聖書や新プラトン主義的なコスモロジーを多少なりとも背景に持っているという点である。本書の訳者の解説ではこの点への切込みが弱く、ともすると、「ガリレオの立場=近代科学的な現代人の立場」と受け取りかねないような部分がある。この点だけは要注意であろう。



思えば、ドミニコ会もフランシスコ会も、各大学に進出して、独自の知の潮流を形成した。知性の学としての神学を是とするトマスたちドミニコ会学派、愛に聖書全体の目的を見出すフランシスコ会学派では、哲学と神学との関係も異なって当然であろう。トマスは、両者を実践的独立関係とみ、ボナヴェントゥラは依存関係とみなしている。カンパネッラはじめ、ブルーノ、ペルージオなどの南イタリアの自然魔術師がいずれもドミニコ会士であって、在野で論客として活躍した事実から、所属修道会に思想の基盤を求めてもよいのではないかと思いもする。(p.213)


興味深い論点である。西欧の思想史を考察するに当たって、こうした修道会の役割は政治的な立場とも関わるものであり、考慮に入れるべきものであろう。(これは私の「宗教とは信仰の問題ではなく集団形成の問題であり、必然的に権力の問題が生じ、それゆえ政治的な現象に連なる」という認識ゆえに興味を引く問題なのである。)

確か、ドミニコ会は異端との論争のために設立されたという側面があると記憶しているが、そうしたカトリック教会の側に立っているはずの(?)ドミニコ会の論客の多くが「在野」であったということや、サヴォナローラやマイスター・エックハルトのような人物を排出しているのは興味深い。

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