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アヴェスターにはこう書いている?
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シュムペーター 『租税国家の危機』(その2)

 ケインズがその眼前にした資本制国家の性格をどのように捉えていたか明確には知りえない。ただ、かれの有効需要理論とそれにもとづく完全雇用政策から考え、かれがその理論と政策の拠りどころとしていた国家は、資本家階級の利益の代弁者としての国家ではなく、むしろ、第三者的・調停者的機能をもつ、いわば「中立的」国家というべきものでなかったかと考えられる。(p.132)


以上の引用文はシュムペーターの書いたものではなく、本書の訳者の一人である小谷義次氏が書いた解説から引いたものである。

確かに、ケインズの政策の前提にあり、また、それを実施する上で最も適合的な政府像――私は「国家観」とは言わない――は確かに、中立的、第三者的、調停者的と形容できるようなものであろう。

これに対し、日本において新自由主義が急速に広まっていく中で吹聴された政府観は、これとは全く異なるものであった。それは政府(官僚、公務員)は怠慢で、自らの利権を守り、私腹を肥やすことに腐心しているというものであった。そして、こうした政府による「介入」「干渉」はない方が経済はうまく行く、市場には淘汰の仕組みがあるので、それこそ機能させるべきという流れが出来上がった。もちろん、理論の詳細においては政府の機能を完全に無視するものではなかったにせよ、一般の、政策などを真剣に考えているわけではない有権者達――彼らは90年代以降の不況の悪者を探している「視聴者」でもあった――にとっては、好都合なものとして受け入れられていった。

現実的に作動する行政府の活動は――ケインズ政策に適合的なモデルであれ、新自由主義によって吹聴されたものであれ――これらの理想化された図式に完全に合致することはありえないにせよ――上記のような「視聴者」であった一般庶民が考えるのとは異なり――ケインズ的な政策が想定するようなしかたで政府が動くことは不可能ではないと私には思われる。

それは、90年代に新自由主義の観念が一般に普及していく中で、それに最大の抵抗を示していた人々こそ、官僚だったからである。彼らは彼らの任された(彼らが権限を与えられた)公共的な領域における公共性を守る観点からネオリベに抵抗を示していたという面がある――これを多くの人々は、専ら、彼らの私利私欲のために、あるいは省益のために抵抗していると解釈していたが、それは誤りである――のだから、逆に行政府が調停者的に機能できるための条件を整えさえすれば、そのように作動するものと考えてよいはずである。

上記の引用文のように、ある政策が求める政府観がどのようなものであるかということを、理念型的に明らかにしておくことは、望ましい政策を考えていくにあたって示唆を与えてくれる。


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