アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

シュムペーター 『租税国家の危機』(その1)

 十四、五世紀の経過とともに、いまや、領主は財政的にますます困難な状態に陥るのであって、この状態は、他のどのような点でも――帝国との関係でも、領邦内の他の諸勢力の関係でも――、かれの地位の上昇と奇妙に矛盾し、しかも、悲喜劇的な状況をもたらすことがすくなくなかった。十五、十六世紀の転回期、個々のばあいにはすでに十四世紀に、この状態は堪えがたいものとなる――このようにして、財政経済の危機が現れたのである。・・・(中略)・・・。
 これよりもはるかに興味をひくのは領主の困難のもう一つの原因、すなわち、歴史家が宮廷浪費と呼びならわしているところのものである。けだし、宮廷の維持を高価なものにしたのは、領主に仕えるすべての貴族の扶持であった。そして、この経費は、偶然でもなければ、回避できるものでもなかった。けだし、有給の宮廷官職は、反抗的な地方貴族を従順な宮廷貴族、官僚貴族、軍人貴族に変えていったが、封建関係の靭帯が弛緩しはじめるとき、領主が下級等族にたいして地盤を獲得しようとすれば、このような宮廷官職をまかなわねばならなかったからである。しかし、もとより、このような点を計算に入れていない地方領主の資力は不十分であった。ここに、一方では、社会的変革過程の要因と同様徴候が、同時に、他方では、領主的財政経済没落の「原理上興味のある」原因が存在するのである。(p.20-22)


宮廷浪費などというと、どうしても「道徳的に」いかがわしいものとして評価されがちであるが、シュムペーターはそれを一つの社会的過程に伴って生じていた現象であったことを喝破している。この現象はそれ自体が地方領主の財政崩壊への現実的な原因でありながら、同時に、その背景にある社会的な動因を見て取る際の認識根拠でもありうるという。

私がここで注目したことは2つある。一つは「宮廷浪費」と呼ばれるものを「道徳的な評価」を括弧に入れた上で冷静に分析しているシュムペーターの姿勢である。これが私の興味を引いたのは、例えば現代の日本で問題とされている「天下り」や「(国会及び地方の)議員定数」「公務員給与」といった事柄と重なる部分がかなりあると見ているからである。

普通のジャーナリズムやウェブ上での言論を見る限り、こうしたものに対して、羨望や嫉妬が込められた非難がなされており、それが常態となっている。しかし、多少なりとも行政学や財政学とそれらに関連する制度上の知識を持っていれば、そして、――これが私が注目した第二の点であるが――ここでシュムペーターが利用しているような社会科学的分析のイロハに当たるような技法(道徳的価値判断と因果分析の分離や、要因と徴候という用語で表示されている実在根拠と認識根拠の区別など)を用いて分析することができれば、これらの現象が道徳的ないし感情的な議論では捉えきれない動因(構造的とも呼べる要因)を背景に持っていることが理解できるであろう。そこまで理解してはじめて、政策について議論を始めるための入口に到達したことになる。

社会を分析するからには、ここでシュムペーターが示している程度のリテラシーがある議論が展開されてほしいのだが、そうしたレベルの議論が現在の日本では滅多に見られないことに危機感を覚える。

なお、実在根拠と認識根拠の区別は、本書が公刊された1918年より以前に書かれたシュムペーターの『経済学史』(初版1914年)で、1906年に出されたウェーバーの『文化科学の論理の領域における批判的諸研究』について言及していることから、ウェーバーからの影響があるのかもしれないと私は見ている。シュムペーターの学説には私は通じていないので、そのあたりをご存知の方がいればご教示願いたいものである。

上記の引用箇所に続く箇所もまた興味深いので以下で引用を続ける。



 しかし、もっとも重要な原因は、増大する戦争遂行の費用であった。けだし、傭兵軍隊の出現(これは今日の貴族の家計がどの召使いにも産業市場なみの労賃を支払う必要が生じた瞬間に克服せねばならなかったと同様の状態に、地方領主を当面させたのである)は、ギムナージウムの教科書が、意図しないユーモアで主張しているような、火薬の発明の一結果であったのではもちろんない。・・・(中略)・・・。それは、生産が封建的組織を崩壊したこと、采邑がすでに長い間完全に事実上(デ・ファクト)世襲となって以後、封建的家臣たちが自己をその土地の独立の支配者と感じはじめ、そして、絶えることのない戦い、絶えることのない征服という中世初期的意味での騎士生活をその生活要素とする采邑団体から心理的に自己を解放したことによるのである。これは、わたくしが、自分の個人的な目的から「人格の世襲化」と呼びならわしている過程の一形態である。この過程の一表現が、傭兵軍とそれによって生じた財政的需要であって、後者は、その後、それ自体として、その後の発展の推進力となった。・・・(中略)・・・。このようにして、当時のトルコ王宮が戦場に派遣できた二十五万のトルコ軍に立ち向かうために、領主に許されたのは、この六千の歩兵または二千五百の騎兵であった。ここにわれわれの理解する財政制度の危機、すなわち、深刻な、いかんともなしがたき社会的変化の結果としての、明白で、必然的、永続的な機能停止が範例的な明白さで存在するのである。
 地方領主は、かれのできるところのもの、すなわち、借金をつくったのである。まもなくそれが行きづまると、かれは自己の等族にたのみこんだ。・・・(中略)・・・。領主は、このばあい、自己の無力を告げ、例えば、トルコ戦役のような事態は、たんにかれの個人的な事柄ではないこと――すなわち、「共同の困難」であることを指摘した。そして、等族はこれに同意した。かれらがこれに同意した瞬間に、一つの事態、すなわち、租税の徴求はしないという紙の上の保障はずたずたに切り裂かれねばならなかったところの事態が承認されたのである。すなわち、この事態のもとでは、全人格を超個人的な目的体系につないでいた旧い形態が死滅し、そして、どの家族にとっても、個人経済というものがその存在の中心点となって、そこに一つの私的領域が基礎づけられる。そして、これにたいしては、今や、公的領域が何か異なったものとして対置されることになったのである。「共同の困難」から国家は生まれたのである。(p.22-24)

第一次大戦の最中に書かれたことが、こうした認識を強調している側面はあるが、妥当な認識だといえる。

その後、西欧で成立していった「国民国家」と呼ばれるシステムが、世界各地で軍事力を背景として植民地を拡張していくプロセスの一つの要因として、オスマン帝国の脅威という切羽詰った状況に対する対処策として軍事力を集中できるシステムが形成されてきたことが挙げられる。すなわち、「国民」を「共同の困難」という理由で「総動員」できるシステムである。

この「国民国家」システムの背骨を支えるものはその財政であり、特に公共的な領域のための私的な領域からの共同の拠出としての恒常的な租税徴収のシステムであった。

もちろん、こうした「共同の困難」は戦争に限らず、社会保障の必要性にまで次第に波及していき、「福祉国家」と呼ばれるものも形成されていく――このあたりはデモクラシーが「ナショナル・デモクラシー」であると呼ばれる所以であろう――のだが、いずれにせよ「共同の困難」がその共同体の内部で実感されるような仕組みが整えられたことによって、強力な公権力を行使する機関が成立していったというプロセスを見事に描き出した箇所であるといえる。

さて、現在に眼を向けると、金融グローバル化の進展は、金を持つ少数の人間達の選択肢を広げた。これにより国民国家の政府による強制的な徴収である租税に対しても優位な選択を行える地位を彼らは得た。こうして租税体系を変化させてきた。集められる租税の上限が狭められたことによって、財政赤字が拡大する。

日本の財政は既に90年代以降、こうした道を歩んできたわけだが、グローバルな金融危機に対して各国が財政出動を決めていることは、近い将来、世界各国の財政を日本の財政のような状態に陥らせることになるだろう。

財政赤字は一概に悪であるわけではない。財政出動は効果がないわけではないからだ。しかし、そのための十分な裏づけとなる財源を確保できない仕組みがあることが問題なのである。(国民国家体制の下では、累進課税によるビルトイン・スタビライザーが機能する余地があったが、それが機能できなくなっていることが問題なのである。)金融に関しては、規制せよという考えと、規制などしなくても問題を取り除けるという考えがあるようだが、財政の仕組みまで考えに入れるかぎり、資本移動に対する規制強化を国際的に行っておくことが望ましいように思われる。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/517-30dd71ea
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)