アヴェスターにはこう書いている?
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ミシェル・オーグ 『セザンヌ 孤高の先駆者』

一時期彼の仲間であったルノワールが、伝記的事実の究明を別にすればほとんど批評的議論の対象とならなかったのとは対照的である。そのことはまた、ルノワールが広く誰にでも親しまれる人気画家である一方、セザンヌがしばしば「わかりにくい」と言われることと無縁ではない。(p.1)


高階秀爾氏による序文より。

確かに、分かりにくいものほど、批評や議論の対象になりやすいという側面はあるかもしれない。あルノワールは非常にストレートに感覚的に訴えてくるので、多くの人にとって受け容れやすく、容易に受け入れられるがゆえに面倒な議論の俎上に載せる必要も生じにくい。セザンヌは感覚に何かが訴えるのだが、それを素直に受け取るだけでは足りない感じを抱かせる。そこに批評する余地が生じやすいように思われる。



 セザンヌは印象主義を超越したが、それは印象主義の否定ではなかった。彼は、特に戸外での制作と着色した影という点で、印象主義の技法を終生忠実に守った。物体の色彩が――りんごでも山でも――それを照らす光に応じて変化するということ(印象主義の重要な発見のひとつ)は、1880年以降も彼の油彩、水彩画の制作の基本であり、その表現はますます頻繁に用いられた。一方、印象派に属していた頃から、セザンヌは形の感覚を大事にしていた。彼の作品、特に風景画はいつも構成がていねいだった。(p.68)


この「形の感覚」を大事にし、丁寧な構成を行っているところにセザンヌが批評や議論しなければ理解しにくい要素があるように思われる。

ただ、同時に、セザンヌが印象主義を否定していたとは言えないという指摘もまた興味深い。



次世代の画家たちは、セザンヌのおかげで地中海の光を発見した。セザンヌ以前の画家たちがなじんでいたのはノルマンディーの海岸だった。セザンヌはモネやルノワールをレスタックに招いたし、ブラックやデュフィが「セザンヌ風」の絵を描いたのもレスタックにおいてだった。(p.83)


画家の生涯や業績などを描いていくと、こうした個人史的な事実に注目しがちであるし、それは正当な事なのであるが、私としては、それだけではなく地中海が注目されるようになったことの社会的な背景も気になるところである。

つまり、フランスがアフリカに植民地を広げていったことなども、間接的な背景として関係があるように感じられる。普仏戦争(1870-1871)以降、20世紀始めまでにフランスはアフリカ北部、西部、中部に次第に植民地を拡大していった(アフリカ横断政策)。これはセザンヌや印象派、ポスト印象派(ゴーギャンなど!)が認知されていった時代と重なっている。

ノルマンディーの暗い海と地中海の明るい光から南方に憧れを抱くことと、フランスの南に広がるアフリカ植民地を手に入れることの魅惑とがどこかが交錯していたと想像するのは、それほど外れたことではないような気がするのである。(直接的な因果関係ではなく、人々の間に共有されたイメージを媒介としてこれらが受容されやすくなるということ。)

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