アヴェスターにはこう書いている?
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NHKスペシャル取材班 『激流中国』(その1)

 中国で成功したビジネスマンの多くは、共産党高級幹部の子弟であることが多い。コネや人脈を生まれたときから持っている彼らは「太子党」と呼ばれ、いま中国の政財界で絶大な力を持っている。親のコネや人脈を背景に、様々なビジネスを興しやすい。
 逆にコネや人脈のない人間は、どんなに実力があり、優秀であっても、ビジネスで成功することは難しいのがいまの中国の実情だ。
 しばしば、“人治社会”と評される中国において、太子党は、ビジネスを行う際の複雑で煩雑な関係部局の許可申請、信用がない時の新規取引など、様々なハードルを容易にクリアできる。それに加え、ビジネスを左右する政治情勢などの重要情報が容易に手に入るため、圧倒的に有利なのだ。
 ・・・(中略)・・・。
 天津の新貴族を通じて垣間見えてきたのは、富は、限られた仲間の中で回る仕組みになっているということだ。富が富を生み、ますます豊かになっていく。富の再生産が、金持ちはさらに金持ちになっていくという、スパイラルを生んでいた。(p.26-27)



「中国の実情」と書かれているが、こうした「機会の格差」は中国に限ったことではない。

例えば、日本でも「佐藤俊樹『不平等社会日本』によれば、団塊の世代では、父親がホワイトカラー上級職だった人は、そうでない人と比べて約8倍、ホワイトカラー上級職になりやすい、という統計がある(p.59)。

ネットワークの上層と下層には細い紐帯しかなく、それぞれがクラスターを形成しているようなものである。また、引用文では言及されていないが、金とコネがある子供とそうでない子供では、受けられる教育が異なっており、高度で良質な教育が受けられる者は同様のもの同士で知り合いを作っていき、親から直接引き継がれたのとは異なる、自ら独自の有効な人脈を形成していくのである。

こうした「富は、限られた仲間の中で回る仕組み」は中国の政治体制が共産党や党員の恣意的な運営が可能になっていること(人治社会)によって増幅されることになる。特にコネが持つ威力がこれによって増幅されるのである。



 私たちが取材に訪れたこの時期、チュレさんが働く芸能部門では、いわゆる“能力給”の制度が導入されようとしていた。給料はA・B・Cの三段階に分けられ、さらに遅刻など勤務態度の問題点には罰金が科されるようになった。
 給料日、従業員が会議室に集められた。チーフが一人ひとりの給料と賞罰を読み上げていく。A評価に得意満面の者、C評価で失意に沈む者――部屋は次第に騒然としてきた。
 ホテルとしては、競争原理と厳しい罰則を導入し、従業員の質を高めたいという狙いがある。また、これは結果的に、賃金のコストダウンをもたらすものでもあった。
 こうしたことは、近頃多くの国の企業でよく見られる光景だろう。だが、このホテルで働くチベット族にとってはどうか?
 彼らの多くは、農牧をなりわいに生きてきた。そうした彼らが“企業の論理”と初めて向き合うとき、大きな戸惑いがあっても不思議ではない。特にC評価を受けた者は、みなと同じように働いているつもりなのに、なぜ自分が最低の評価を受けるのか納得しがたい様子である。
 不満の矛先はチーフばかりか、ランク分けされた仲間同士にまで向けられていった。

 「信じられない!こんな給料は受け取れない!」
 「俺たちだって毎晩遅くまで働いているんだ!」
 「たかが新米にチップの分け前は渡さないわ!」
 仲間うちでの諍いの背景には、一つ踏まえておくべき事情がある。言葉の問題である。
 チベットの農牧民には、中国語がうまくできない者が多い。だが、出身によっては、中国語が堪能なチベット族もおり、そうした者は有用な人材として重用される傾向がある。双方の間には見えない溝が生まれ、一見しただけでは分からない複雑な人間関係が渦巻いていた。
 そのような素地に持ち込まれた能力給は、互いにわだかまりを膨らませるばかりだった。
 いくら合理性を強調しても、ランク分けや給料の差別化は、仲間同士の不信感を募らせ、ねたみ、蔑み、いがみ合いを生み、人間関係を一層歪ませていった。評価が高い者は上司に媚びてうまく取り入っているからだと言い張る声も聞かれた。(p.86-87)


これまで企業の論理との接触がなかった「チベット族」だからこうした諍いが起きたのではない。「能力給」や「成果主義」と言われるような評価方法を採用する限り、このような従業員同士の軋轢が増大するという問題は必然的に生じ、基本的に「従業員の質を高めたいという狙い」は逆効果に終わるのが一般的であるといっても良いだろう。

短期的に評価が行われる傾向、見えやすいところで評価が行われる傾向、恣意的な人物評価などが評価に反映される傾向などが顕著になりやすいことなどがその要因であると思われる。短期的に評価を行うということ自体が、その都度の評価が持つ偏向を助長するため、従業員間で共有されている相互評価との齟齬が大きくなりやすいのである。それゆえ不満が蓄積しやすい上に、職場の民主的な性格も減退する(上司に対して「物申す」ことができなくなる)、(短期的に評価されるために短期的な失敗をおそれる必要があるため)冒険しにくい、などといった複数の悪影響が生じる。

むしろ、「年功序列」的なやり方の方が組織運営としては、運営上の工夫(よりよい運営のための試行錯誤)の余地も大きい上にリスクも小さいやり方である。こうしたからと言って評価がなくなるわけではない。評価の時間軸として比較的長期の時間が用いられるのである。その上、評価の期限が必ずしも明確でないため、評価を優先するのではなく組織が状況に対応することを優先しやすいのである。


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