アヴェスターにはこう書いている?
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牧野武文 『街角スローガンから見た中国人民の常識』

 一方で、歩道橋の上や地下道に降りる階段あたりには物乞いがいるが、警察も工商城管も取り締まったりはしない。なぜなら、物乞いは市当局に申請をして営業許可をもらっているれっきとしたビジネスだからだ。・・・(中略)・・・。
 河北省、河南省、安徽省が有効期限一年の営業許可証を100元の手数料で発行したところ、通行人とのトラブルや住民からの苦情も減ったため、この物乞い許可証制度は全国に広がりつつある。すでに発行した枚数は1000万枚を超えているので、中国の物乞いは1000万人以上いることになる。もちろん、この1000万人は仕事をしていることになるので、失業者の統計には含まれず、失業対策としても有効だと考えられている。(p.35-36)


このようなビジネスがあるとしても、中国の全ての物乞いがビジネスであるとは言えないという点には一応注意をしておこう。

そうした留保をつけても、このような制度があること自体に少しばかり驚く。これらの人々が失業者の統計に含まれないというのも、いかにも中国らしい強かさを感じさせるエピソードだ。



意外なことだが、労働者人口が不足することが明らかになっている。あれだけ人口の多い国で、信じられないことだが、工場などでは求人募集を行っても人が集まらず、操業に支障がでる工場も相次いでいる。労働人口そのものは減少し、国連人口部の統計によると1980年をはさんだ10年間には労働人口は毎年1億6300万人ずつ増えていったが、現在では毎年3300万人の増加にとどまっている。また2020年には2900万人ずつ減少し、2030年には7700万人ずつ減少していくと予想されている。(p.88)


「労働人口そのものは減少し」という文言はやや疑問がある。「労働人口の増加率が減少し」ではないか?または、「労働人口の増加率が減少していき、将来的には労働人口そのものが減少し」とするのが正しいように思われる。

また、1980年を挟んだ10年間についても、毎年1億6300万人増加したなら、10年間で16億3000万人の労働人口が増えた計算になるが、これは現在の中国の全人口よりも多い。このあたりの数字の正確さにはかなり疑問がある。

ただ、2020年頃には既に労働人口の減少が始まるとすれば、中国経済の快進撃もその頃には一定の収束を見ると考えられる――それ以後の「経済成長」は基本的にバブルが中心となると考えられる――ため、興味深い予測であるといえる。

2009年を基準として、毎年5%の経済成長が続くと仮定すると場合、2020年には経済規模は2009年の約1.7倍、毎年7%だとすると約2.1倍、毎年10%なら約2.85倍の規模に膨れ上がる。一人当たりGDPとしては大した額にはならないとしても、一国のGDPとしては相当大きな額になる。さらに現在の人民元は本来あるべきレートよりも安いと考えられるが、中国の経済に有利だと考えられる時点で切り上げられていくとすると、この数字はさらに大きくなる。

以上のような単純な試算では本当の予測はできないと考えるが、それでも「この時点での中国の国際的な影響力や世界経済に占める影響力がどの程度であるのか?」この点に私は興味を持っている。そして、こうして経済が低成長になったとき、中国国内の言論と政治状況がどのようになっているのか?共産党による専制政治はどのように終焉を迎えるのか、あるいは生き延びるのか?これも大変気がかりな問題である。

政治的には、少なくとも今のような状態での共産党支配は継続困難になっていると予想しており、共産党が徐々に相対的な地位を下げながら政治がデモクラティックな体制へと移行していくのか、それとも台湾、チベット、新疆などの問題や農民の反乱が導火線となって、政権が崩壊していくのか、(まだそれなりに先のことではあると思うが)注目していたいところである。



 中国人はほんとうに本を読まない。毛沢東時代に、共産党が推奨する本以外を読むことが禁じられ、読書という習慣が失われてしまったのだ。改革開放以後は、テレビが急速に発達したため、みなテレビばかりを見るようになった。テレビは田舎に行っても、50チャンネルほどが見られるようになっていて、日本よりもはるかに充実している。(p.114)


私が中国の街を歩いていてしばしば思ったのは、中国の街には本屋が少ないということだった。そして、言われて見れば、例えば、バスや地下鉄や電車の中で本を読んでいる人は少ないようにも思われる。(日本は小説かマンガか雑誌くらいのレベルだが…。)

毛沢東時代に共産党が推奨する本以外を読むことが禁じられたため、読書という習慣が失われたとする説明には相応の説得力がある。禁止された本だと知らずに読むよりは、何も読まないほうが安全であり、また、定められた本ばかりでは自分の興味から読むのではないため飽きてしまうだろうから。結局、読書が苦痛となってあまり読まなくなるだろう。

あとは、経済的および政治的に安定していなければ読書などしているわけにもいかないだろう。大躍進政策で餓死者が続出している時期や文化大革命で粛清の嵐が吹き荒れている中で、しかも義務教育さえも十分に行われていないのに、のんびりと読書ができるとは考えにくい。

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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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