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アヴェスターにはこう書いている?
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堀越宏一 『中世ヨーロッパの農村世界』

 10世紀から11世紀初めのヨーロッパは、政治的、社会的にたいへん不安定だった。・・・(中略)・・・最大の脅威は、大西洋沿岸のヴァイキング、ドナウ川流域のマジャール人、地中海沿岸地域のイスラム教徒といった外民族の侵略であり、当時のヨーロッパの支配者たちはこれにたいして非常な苦戦を強いられたのだった。
 しかし紀元1000年前後までにこれらの外敵の撃退や同化に成功した結果、ヨーロッパ社会は新たな発展の時期をむかえることになった。(p.39)


確かに11世紀頃から「ヨーロッパ」の「外部への拡大」が始まる。その前のカロリング朝期には多くの技術革新があったことも考えに入れておく必要がある。

つまり、その技術革新は11世紀頃までヴァイキング、マジャール人、ムスリムといった「外敵」の「脅威」があったとされていることと関連しているのではないか?それらの勢力が「外部」から侵入してくることによってこそ、様々な技術や考え方が「西ヨーロッパ」地域に流入したのではないか?その意味で、これらの勢力は単に「外敵・脅威」として捉えるだけは不十分ではないか?技術の恩恵をもたらした人々としての側面があるのではないか?特にムスリムからは高度な技術の流入があったのではないか?

これが私の仮説である。もちろん、個別の事例について調べる必要があるが、カロリング朝の時代は商品経済が西ヨーロッパの地域でも発達した時代だったことから考えても、十分にありそうなことである。

差し当たり、本書で指摘されているカロリング時代の技術革新は次の2点である。

◆製粉用水車(メロヴィング時代にも存在したが、カロリング時代に普及が開始)
◆三年輪作システム

製粉用水車は明らかにこの時代のムスリムたちに多用されていた。『イスラム技術の歴史』(アフマド・Y・アルハサン、ドナルド・R・ヒル著)によると「スペインや北アフリカからトランスオキシアナにいたるイスラム世界のどの地域にも製粉水車があった」(p.75)。また、既に10世紀のメソポタミア(現在のイラク)には大型の製粉船水車(浮き水車)がティグリス川とユーフラテス川のモースルとラッカからバグダードにいたる岸辺にあり、ひとつの船水車あたり1日に10トンもの穀物を製粉していた(同書p.75-76)。

こうしたことからわかるように当時の「ヨーロッパ」の人々は製粉用水車の技術を恐らくムスリムたちから学んだと言えそうである。(もちろん、確定するためには形式などもっと詳細に検討する必要がある。)

また、輪作システムに関してもほぼ同じ時期にムスリムの世界で(7-8世紀にムスリム世界の東方に始まり、11世紀末にはイスラム帝国全土に達した)大きな農業技術の革新が起こり、その中で農法にも画期的な変化があったことがわかっている。例えば、夏作と輪作が採用されたことがそれである。

この農業技術の革新に関しては『イスラム技術の歴史』もそれほど詳細には記録されていないため詳しい比較はできないが、少なくとも、こうしたユーラシア規模での動きの一部としてヨーロッパの動きも捉えるべきであろう。
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