アヴェスターにはこう書いている?
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鈴木謙介 『サブカル・ニッポンの新自由主義――既得権批判が若者を追い込む』(その2)

ネット右翼の戦法は、どこからともなく匿名のまま集まり散じて、攻撃しつつ逃走するというゲリラ戦術に似ている。これはニューアカが提唱した(元はドゥルーズ=ガタリが唱えたものだが)、権威に対する逃走論、「シラケつつノル」ような態度、あるいはノマド(遊牧民)的戦術と重なる。(p.33)



これは近藤瑠漫と谷崎晃の本(『ネット右翼とサブカル民主主義』)からの孫引きである。

ネット右翼とニューアカの戦術に共通性を指摘しているのはそれなりに面白いが、同時にこれでは議論が矮小化されているようにも思われる。



ここで私たちは、「既得権をよこせ」という主張の、真の願望に目を向けなければならない。彼らが求めているのは、自分たちを正しく評価する環境を築くことではない。かつての日本に存在していた(と認識されている)既得権的な立場を、自分にもよこせ、と言っているのだ。そして現実にはそれが不可能であるからこそ、「より一層の改革」が次善の策として要求されるわけだ。
 もちろん、個々人の単位で言えば、様々な思いはあるだろう。だが、独力かつ自己責任で生きる環境を本当の意味で推奨する人は、自らの不遇な状況を既得権層のせいにしたりはしない。それも自己責任で引き受けた上で、自らをもっと高い値で買ってくれる相手を探すはずだ。そういう道を選ばず、既得権層を名指した上で「それをよこせ」と言うとき、彼ら――そこには私自身も含まれている――は「かつてあったはずの安定」と「実力が試される不安定」との間で、心情的に引き裂かれているのである。(p.40-41)


現代の日本で見られる「既得権」に対する非難の隠された動機をかなり合理的に説明しているように思われる。

ただ、この手の非難をしている人々が「心情的に引き裂かれている」というのは、「合理的過ぎる」ように思われる。大半の非難者はそこまで深く考えていないし、問題性に十分に気づいていないと思われる。

なお、「一層の改革」を行うと「実力が試される不安定」と期待されているわけだが、彼らのその願望すら叶わないものであり、誤りである、と私は考える。そんなランダムグラフのような社会関係が可能になるとは思えないからである。



 地方の状況を特に厳しくしているのは、単に収入がないということではない。むしろ資本が地域内を循環する仕組みの方に問題がある。丸田一は、第三次産業の集積が都市部に偏っていることの要因として、中央による地方の資源収奪の構造があることを指摘している。それによると、地方における資本循環は、「地域内の所得循環」、製造業を中心とした「全国的な所得循環」、国と地方自治体の「財政再配分機構」の三つから成り立っているという。地域内で得られた利益は、そのまま地域の人々の懐に入るのではなく、本社の営業利益として、あるいは税金として一度東京に集められ、それから配分されるのである。
 地方の第三次産業の基盤となる需要を支えていたのは、一度中央に集められた資本の再配分なのだが、企業がそれを支店の運営資金に回す場合、どうしても大都市圏から重点的に配分されることになる。また、近年のグローバル・リスクの拡大を受け、多くの大企業が利益を内部留保するようになっているため、この配分は小さくなっている。そうした状況で、国から地方に回す資本、つまり公共事業や地方交付税交付金といったリソースを削ってしまえば、第三次産業の有効需要も失われてしまう。(p.68-70)


非常に簡潔に地方の経済を取り巻く状況を図式化しており、参考になる。

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