アヴェスターにはこう書いている?
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陣内秀信 『東京の空間人類学』(その1)

 そもそもヨーロッパ都市と比べると、江戸では宗教施設の立地の仕方そのものが正反対の性格を示していた。ヨーロッパでは、都市全体の宗教上の中心、カテドラルが大きな広場の頭の位置に堂々とそびえている。また、各教区の教会は宗教施設であるばかりか、住民の戸籍の管理、税金の徴収といった、ちょうど今日の役場と税務署をあわせたような機能をも兼ね備え、住民の日常生活の中心である広場の一画にたっている。いずれも、厚い壁と一枚の扉で隔てるだけで、市街地の俗の場のなかに聖なる空間を創り出している。またギルドや職人組合も、しばしばその守護聖人をもち、宗教的絆で結ばれていた。こうして日常的な都市社会を組み立てていく上で、宗教が非常に重要な役割を果たしてきた。
 ・・・(中略)・・・。
 江戸ではむしろ、宗教的な空間は、都市の少し外側、ふだんの商業活動、生産活動の地、あるいは居住内の少し外側につくられたという傾向がある。多くの宗教空間は市民の日常の生活の場からは離れ、他界と結びつく聖なるイメージをもった場所を慎重に選びながら、市街地から奥まった丘陵の緑や水辺に寄りそって登場したのである。そこに至るまでのアプローチ、そして静寂に包まれた荘厳な境内がこうした宗教空間を成り立たせる上で重要な意味をもつのはいうまでもない。このことを通じて、ヨーロッパと比べると、むしろ非日常的な、ハレの空間という色彩が日本の宗教空間には生まれてくる。日常の生活空間とそれ以外の非日常的なものとの切換えが、意識の上でも、都市の空間あるいは地理的な場所の分布の上でも表現されているのではないかと思われる。(p.129-131)


この対比は、職業的な聖職者がどの程度の権力を持っていたかということと深く関わっている。ヨーロッパの場合は、官僚制が聖職者階層によって担われてきた期間が長かったことが反映している。日本の場合は、聖職者の権力は相対的に抑えられていた。

それはさておき、非日常的な空間としての性格を生み出す装置として、そこに至るまでのアプローチがあげられているのは興味深い。私はある程度世界を旅するようになって以降は、まだ日本の寺院などをそれほど見ていないが、境内地図などで見る限り、確かに寺や神社にはそこに至るまでの道がそれなりの距離続いていることが多いように思われる。近々、そうしたものを見てこようと思っているので、注意してみてみたい。



 しかし一方で、現代の都市は容赦なく発展し、冷酷な改造を次々と企てる。街区の中にもはやすき間や裏を残さず大きな建造物ですっぽりおおってしまう。本来の町といえば、店と住まいが複合した町屋が並び、そこには渾然一体となった環境が見られたのだが、都市改造でまず商業ビルへ、そしてスマートなオフィスビルへと置換されるのである。こうなると都市の猥雑な空間はついに地上から姿を消さざるをえない。商店、飲食店、風俗的要素は行き場を失い、結局地下へもぐることになる。こうして都市の地上と地下とで、明快な機能の分離が貫徹し、日本独特の<地下街>が誕生するのである。
 これは確かに、車優先、機能・効率のあくなき追求の結果生まれたゆがめられた都市文明の一つの断面であり、都市における人間の側の屈服を象徴的に示すものに違いない。だが見方を変えれば、これほど見事に近代化した都市の中枢にも、隠れた地下に臓腑空間を組み込み、地上の管理された業務空間に、混沌とした深層の世界から常に生命のエキスを供給して、人間集団の知と情のバランスを巧みにとっている、とも考えられる。(p.194-195)


「地下街」が成立するまでのプロセス。



 ヨーロッパでは人間の力で都市を築こうという意識がたいへん強い。・・・(中略)・・・。
 したがって、ヨーロッパ都市をいま観光で巡ってみても、コースに含まれる名所はどれも、カテドラルや美術館、広場のような人間がつくった建築物ばかりである。(p.196-197)


意識が原因かどうかということについては批判すべき点があるが、ヨーロッパ都市の名所は人間が作った建築物ばかりだというのはその通りであると思う。

もっとも、都市の名所というのは、ヨーロッパに限らず人間が作ったものが多いのは当然だろうが、ヨーロッパでは名所は都市に多いと思う。山や滝や川や海などの自然景観もあるにしても、他の地域の方がそうしたものが多い傾向はあると思う。例えば、中国などでは桂林や石林などのカルスト地形がつくる奇観や聖なる山とされるような山などの観光名所もかなり多いが、ヨーロッパはそうしたものが相対的に少ないように思われる。

そうした印象を持つのは私だけではないらしい。



西欧都市では、狭く絞られた道から町の中心の<広場>に流れこむ時、まばゆいほどにはなやかな解放感を体験できる。(p.202)


陣内さんは描写がうまい。ヨーロッパの都市において多くの人がする経験を見事に表現していると思う。



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