アヴェスターにはこう書いている?
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佐藤喜彦 編著 『【中国からの留学生】 ニッポン見たまま感じたまま』(その1)

 最近の急速な経済の発展によって、中国の一般勤労者の所得は着実に上昇しているとはいえ、ひと握りの富裕層や北京・上海の高額所得者を除けば、月収にしてせいぜい千元~二千元が平均だ。留学のための支度金は五年~十年分の収入に当たり、一般労働者の親がこれを用意するのは容易なことではない。Tさんの場合は、技術者の父親と事務員の母親が十年以上もかけて貯金した十万元すべてを留学のための支度金に注ぎ込んでくれたのだった。(p.10)


中国からの留学生はかつては国費で留学していたと聞いたことがある。今もそういう学生はいるのだろうが、私費で留学するのはかなり大変なことのようだ。私が学生時代に所属していた研究室では、ネパールやインドネシアなど東南アジア諸国やドイツなどヨーロッパからも留学生が来ていたが、それほど悲愴感のようなものは感じなかった。この本を読んで、経済的にそれほど豊かではない国から、より経済的に豊かな地域に留学するのは並大抵のことではないらしい、ということに思い至った。

先日、まさに「中国からの留学生」から中国語を習ったのだが、先生からそうした悲愴感的なものはまったくというほど感じられず、いつも屈託のない笑顔であったような印象だったので、その背後にはこうした苦労や親の期待などもあったのだろうか、などという思いがよぎった。

(この本を買ってみたきっかけも、「老師」が、日本に来て驚いたことなどを少し話していたのを聞いて――私がよく外国に行き、それを通して自分の生活についてReflexionをするのと同じように――外部の目から見て語られるニポンの印象や感想などに耳を傾けることは、私が属する社会(これは日本という国民国家と同じではない)の様態を認識する上で役立つのではないか、と考えたからだった。このほかに、「中国現代社会論」としても本書は活用できそうだと考えたことも理由であるが。)

しかし、一歩引いてみたとき、日本の大学や大学院なんかを卒業して、それを得るために犠牲にした(金銭的、労力的な)コストに見合うだけのキャリアが約束されているのだろうか?という疑問も同時にあったりする。日本なんかに来るくらいならアメリカの大学に行った方が良いんじゃないの?という気がするからであり、また、中国の最高峰の大学に入る方がエリートコースとしては良さそうにも思うからである。

で、ここまで書いていて思ったのは、「そこまでは受験競争に勝ち残れないが、それなりのレベルのエリート」にとっての留学先なのかもしれない、ということだ。まぁ、このあたりは想像にすぎないが、疑問は尽きない。それだけ我々は留学生という人々の実情を知らないということでもある。



 何人かで談笑したり、小さな鏡に向かって化粧をしたり……そんな中で寸暇を惜しんで本を広げている高校生を見ることは本当に少ない。
 私が中国で高校生活を送ったときは、ひたすら大学に合格するための受験勉強で毎日がすぎていった。おしゃれに全く関心がなかった。
 ・・・(中略)・・・。このような国情の違いがあるにせよ、勉強をそっちのけにして、おしゃれ、携帯……にばかり感心の向く日本の高校生を見ながら、「これが経済大国の若者かな」と、不思議に思う。(p.41)


確かに、通学中のJRやバスの中で本を読んでいる高校生などあまりいない。「本」を読んでいても、漫画や小説がせいぜいというところか。あまり気にしていなかったが、これは日本の社会でよく見られる傾向だといえるかもしれない。

この留学生の意見で「『これが経済大国の若者かな』と、不思議に思う」という思いの前提には、恐らく、「経済大国」では人々は、必死に努力して勤勉に働いているから金持ちになれる、という観念があるのではないだろうか。だから「不思議に思う」のだろう。しかし、経済的に豊かであれば、そうした事柄への関心が高まる傾向になるのは、半ば必然であり、何も不思議なことではないだろう。



 日本の小学生が「将来の夢」を書いている新聞のコラムを興味深く読んでいる。大工さんになりたい、マンガ家を目指す、お笑い芸人になって人を笑わせたい……などバラエティーに富んでいる。これこそ十人十色だ。
 同じテーマで中国の小学生に書かせたらどうなるかと考えてみた。多分、男の子も女の子も「社長になりたい」が圧倒的に多いと思う。・・・(中略)・・・。
 日本の子供や若者は伸びやかだ。いろんな道に進んでさまざまな職業についても生活できるという「安心感」がそうさせているように見える。だから幸せの価値観が一人ひとり異なるのも、こうした背景があるからではないか。(p.48-49)


現在の日本ではこうした「安心感」は過去のものになりつつある。子供たちにまでそれが深刻な問題として突きつけられてはいないのかも知れないが…。

さて、この留学生は「日本の子供や若者は伸びやかだ」と肯定的に評価しているが、国際的に比較したアンケートなどでは、日本は日常生活についての満足度や幸福感は低いという結果が出ることが多いと思うので、それほど「伸びやか」といえるようなものではないだろう。



 留学生が一番歓迎するアルバイトは、時給が高く、日本語の勉強にもなる「一石二鳥」の通訳か日本語講師だ。(p.51)


本書から得た一番の収穫は、留学生たちはアルバイトをしようと思っても門前払いされることが多く、生活を維持すること自体が大変だという事実を知ったことである。

そうした中にあって、通訳や語学の講師であれば、彼らのスキルを生かしたアルバイトでもあるし、手に入る給料の額の多少は別としても、確かに時給は高いから本文である学業への影響を小さくできるし、日本語の勉強という意味でも他の職業よりも有利かもしれない。上で私の「老師」の話を少し書いたが、上記の引用文から、なぜ「老師」が中国語の講師をしているのか分かった気がした。



 日本を含めて欧米諸国から、中国は言論の自由が厳しく制限されて大変不自由ではないのかと思われているようである。しかし、ほとんどの中国人は、そうは感じていないし、思ってもいないだろう。(p.67)


ある意味、意外な感じもするコメントであるが、私が実際に中国に行って現地の人々と話してみた実感や私が知る限りでの中国での言論(特にマスメディアを通じた言論)の状況から考えても、この留学生のコメントは妥当であるように思われる。

メディアの状況としては、言論統制は確かにあるのだが、共産党を批判したり、共産党の「影」の歴史(天安門事件や大躍進政策など)に触れない限りは、それなりの自由はあるようだし、また、現地の人々と話した実感としては、外国の実態についての関心が低く、「自国=共産党」の利益になることについて無批判的な傾向があるからである。要するに、自国の内部の状況が他国と比べてどうなのか、といことを十分に知らないために、自分たちのおかれた状況を相対化できていないのである。だから、話をしていると、相手の世界観が非常に閉じたものだと感じられる。(これはロシアなどでも感じたことである。)

言論統制がかなりひどいアラブ諸国やイランなどでは、状況は異なっている。彼らは自分たちの政府が流している情報がかなり統制されているということを自覚しており、そうであるが故に国外の出来事や情報に目を向ける。そして、外国人の目から見た自国の状況や、(より情報が統制されていない)外国人の目から見て「アメリカ大統領であるブッシュについてどう思うか?」といったことに関心を寄せる。

これは中国の言論統制・情報統制はそれだけ巧妙に行われているということでもあるのだろう。メディアや教育による観念の操作もこの巧妙な手口を構成する一つであることは確かであろう。



留学生にとってお金のことはもちろん大事であるが、それよりもいかに寂しさをしのぐかがもっと重要なのである。
 突然自分が全く知らない世界に入ると、一人で新しい環境に慣れるのが精一杯なのである。加えて両親や友人と離れ、周りに話のできる相手が一人もいないと、自分が隔離された世界で生きているようで、自分の気持ち、自分の考えを聞いてくれる人が一人もいない。すぐに孤独に陥ってしまう。(p.80)


個性や置かれた環境などにもよるが、確かに日本で生活する外国人と接する際に注意すべき点であるように思う。


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