アヴェスターにはこう書いている?
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荘司雅彦 『反対尋問の手法に学ぶ 嘘を見破る質問力』(その2)

 話の内容がすべて嘘というようなことはまずありませんので、肝心な部分やでっちあげた部分にさしかかったときに、嘘をついている男性は目を伏せたり、目をそらしたり、眼球をせわしなく動かしたりするものです。(p.94)


この辺は経験則としてよく気づかれていること。

異常なほど嘘ばかりをつく人間を私は知っているのだが、その人間に私が初めて会った時のことが思い出される。彼にとって都合の悪いことを私が指示したときの彼の態度はまさにこれにぴったり該当しており、眼球をせわしなく動かしていた。



 証人が男性の場合、嘘を言うとき、つい目をそらせてしまいます。
 逆に、女性の場合は、嘘を言っているとき、私に目を合わせてきます。(p.95)


本書では男性と女性では嘘のつき方などが違い、見破りやすさやなどが違うというが、確かにそうかもしれない。ただ、これは著者が男性だからという面もないわけではないかもしれないとも思う。

これについては、女性の方が生命力があるので、嘘を(精神的な)力で押し切ろうとし、男性の方が生命力が弱いので、嘘を見破られることから逃げようとする、というような解釈はできないわけではない。



 人間が話をするとき、多くの人に聴いてもらいたいと思うときは、いきおい手の動きが大きくなるものです。
 政治家の街頭演説や、講演会での講演者の腕の動きが大きいのはこういう理由からなのです。
 逆に、内心「聴いてほしくない」と思っている事柄、つまり嘘をつくときは手が内側に縮こまってしまうのです。(p.95-96、強調は著者による)


言われてみればその通りという感じである。



 このように、背景となる事実がなく、嘘がバレないよう必要以上に慎重になってしまうと、人間の言葉には本来有している「生きいきとした部分」が失われ、無意識的に早口になってしまうものです。(p.97)


これも実践的なテクニックとして使えそうである。単調な棒読みになる傾向などは、なるほどと思わされる。

こうした場合、背景となる事実について具体的に掘り下げて聞くか、話を別のところに逸らしてから戻ってきて矛盾した言質を取るかという方法が本書では勧められている。



 このように、嘘をついている人間というものは、まったく想定もしなかった反応に出くわすと、反射的に「自分の嘘がバレた!」「まずいことをしゃべった!」とあわててしまい、正直になってしまうか、支離滅裂な言い訳をするかのいずれかです。
 当方としては、そのどちらであってもかまわないのです。(p.105、強調は著者による)


これも確かにそうかも。この引用文の前段で紹介されていた証拠の写真を探すフリをするなどのテクニックはかなり使えそうである。



 悪しき前例主義とよく言われますが、私は個人的に「前例主義」というのは組織の意思決定の円滑化に極めて役立っていると思っています。(p.174、強調は引用者による。彩色は引用者による)


確かにその通りである。だから、官庁に限らずそれなりの規模の組織には常にこの前例主義は付きまとうのである。

前例主義は「意思決定の円滑化」に留まらず、組織自体を成立させる機能さえ果たしているというのが私の見方である。もちろん、それだけでできているのではないが、「前例を踏襲すること」は組織において、基本的なパターンとして組み込まれていると見る。

組織の外部すなわち環境との関係の中で、自己を再組織化していくことが求められる。そこで前例は少しずつ改められていくが、それは前例主義が変わるのではなく、前例主義で適用される前例が変わるだけである。新しい規則が前例として不適当であれば、それは次の前例とはならずに捨てられて、全く別の規則に置き換えられるか、またはさらに変形されていく。

このようにして作動を継続していくことによって、その個別の規則の適用範囲等が変わることがありうるが、作動が継続していること自体によって組織の内部と環境とが区切られていく。

「組織」と書いているが、私の頭の中ではこれは「システム」を想定しながら書いている。私が理解するシステム論の基本的な骨格の一部である。



 このように、具体的な事柄をあげないハッタリはとても効果的です。(p.188、強調は著者による)


なるほど。確かに、具体的なハッタリは、それがハッタリだとばれてしまう可能性があるからな。

それよりも重要なのは、次の点だろう。

嘘をついている人の心理はそもそも強いストレスの下にあるのだから、具体的でないハッタリによって相手の心理を不安定な状態にしてやることは、相手の嘘をついたままである「平衡状態」を崩す可能性が高いということだろう。



 つまり、ズバリと聞かれるときっぱり否定できるが、思わせぶりで相手の真意が見えないときは、(往々にしてやましい部分があるほど)曖昧な部分をはっきりさせようという意識が働くのです。(p.197、強調は著者による。)


上のコメントで述べた「平衡状態」を求めるわけだ。そのために相手の心理を混沌とした状態にするためには、こちらも思わせぶりで曖昧な質問などが有効だというのは覚えておいて損はない。今度いろいろ試してみたい。



 このように、想像以上に多くの人間とは、嘘をつき通したり真実を自分の中だけに仕舞っておくことに、ストレスや精神的苦痛を感じるものなのです。(p.201、強調は著者、彩色は引用者による。)


すでに述べたが、こうした人間観というか人間の心理についての洞察は、私が本書から得た大きな収穫であった。

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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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