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アヴェスターにはこう書いている?
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宮下誠 『20世紀絵画 モダニズム美術史を問い直す』

絵画が教会の壁や王侯貴族の居宅から引き剥がされた板絵(タブロー)として独り立ちしてはじめて、不特定多数の人々の鑑賞に委ねられるようになってはじめて絵画にタイトルが要請される。(p.53)



なるほど。これは絵画が、専ら観賞用の「芸術作品」として成立するのと並行しているということでもあると言えよう。

ギリシア、エジプト、メソポタミアを含むアフリカ、文化的にはイスラムをも包摂するスペイン(ユダヤ性をも見るべきかもしれない)。地図を見ればわかるが、これらの土地はヨーロッパと抜き差しならぬ関係を持ち持たされながらも政治的、文化的にはヨーロッパという機構から疎外され続けて来た土地である。(p.107)



こうした歴史観が未だに生き残っていることに対して、極めて遺憾に思う。これは典型的な「ヨーロッパ中心史観」である。この見方によれば「ヨーロッパ」は自明のものとして「優れた」ものであり、それ以外の地域の文化は、それよりも劣るものと見なされる。ここでは「疎外」されてきたと述べているところに、こうした評価が如実に出ている。

しかし、歴史を常にその時代の文脈の中に身を置きながら見ていけば、こうした見方は到底成立ち得ないことがわかる。むしろ、「ヨーロッパ」こそ、これら東地中海沿岸からイランに至る地域(中東)という「心臓部heartland」に入り込みたいと思っても入れなかった地域だと言う方が遥かに妥当性が高い。まぁ、この問題は随所で書いてきたことでもあるので、ここでは詳論しないでおく。

ただ、こうした「ヨーロッパ中心」的な歴史観を表明されるだけで、その著者の歴史叙述は信用を大幅に失うということだけは確かである。もちろん、それによってすべての叙述が意味を失うわけではないが。

少なくとも、筆者は一般的に理解される具象から抽象(対象から完全に自由になった絵画表現)へというモダニズム美術史のシナリオは極めてイデオロジカルなものだと考えている。わたしたちは、抽象絵画ということばから、「何が描いていあるかが文字通りわからないもの」と「対象を持たない絵画」という内包を注意深く取り去らなければならないのではないか?(p.138)



「抽象絵画」は「対象を持たない絵画」ではなく、文字通り「対象を持たない絵画」は存在しないというのが、宮下の主張であり、そのための論理的な区別である。確かに「抽象絵画」は「何が書いてあるかわからない」が「対象がない」わけではないだろう。その意味で、この区別は有効である。

 それはほかでもない、ヨーロッパの中心部は抽象に取り囲まれ、常に脅かされて来たのではないか、ということである。・・・(中略)・・・
 そのはるか彼方の延長線上には抽象的組み紐文様や卍模様によって神を描いたケルト文化が栄えた。これらは北方と考えて良い。彼らをいち早く受け入れたのはロマン主義において超越的なものへの憧憬を隠さなかったドイツである。
 一方、東には神の姿を描くことを一切禁じた(イコノクラスム)イスラムがあり、そのイスラムは、ヨーロッパの西、すなわちスペインにも造形的痕跡を遺産として残している。マレーヴィチやカンディンスキーのロシアにはその背後にやはり厳格なイコノクラスムを常に抱えたビザンティン文化が控えている。南には幾何学と二次元の造形を展開したエジプト、そして偶像を禁止したユダヤ文化がある。
 まことに大ざっぱではあるが、このように見てくるとヨーロッパは抽象に取り囲まれているように見えるではないか。抽象とはどこか、不自然に厳格な宗教的規律を思わせる。ヨーロッパはそこに、古代ギリシアに淵源した「人間性」という感傷的で不遜でもある「ものがたり」を対置させ、抽象の奔流に対抗してきたのではないか?絵画が具象的であることの少なくとも一つの根拠はここにあるのではなかろうか。(p.150-151)



これは筆者である宮下の、大まかな文明観を述べた箇所と見ることができる。しかし、これは彼の見解に都合のいいところだけを切り貼りした粗雑な作り物の観念に過ぎず、信用に値しない

まず、ケルトの文化は「明るい光に満ちた」南仏にも、古くから広がっていた。その痕跡はラングドック地方などに残っているとされている。したがって、ケルトを北方とするのは結果論でしかない。ローマやゲルマン系の人々によって駆逐され、比較的後代まで残ったのが北方であるとは言える。

南方を囲む文明としてエジプトとユダヤを持ち出しているのも無理がある。ここで「エジプト」として書かれていることは明らかに「古代エジプト」がイメージされており、「古代エジプト」は「ヨーロッパ」が成立する以前に滅んでいるからである。また、「ユダヤ」は一つの特定の文化や文明を示すというよりは、パレスチナ周辺で信仰された一宗教であり、後にキリスト教やイスラームに影響を与えたとはいえ、それによって「南方」を囲まれているとするのは無理がある。むしろ、普通、パレスチナ周辺は「東方」と呼ばれるのであり、エジプトとパレスチナ、歴史的シリア、メソポタミアなどを含めて「東方」と呼ばれるのが普通だろう。そして、これらの地域はすでに言及されている「イスラーム」が勢力を持っている地域と重なっている。

そうした意味で強引に四方を囲まれているとしていることには無理がある。

しかし、本当の問題はそこではない。ケルト、ビザンティン、イスラーム、ユダヤ、エジプトを一括して「抽象」とし、これらと「古代ギリシアに淵源するヨーロッパ」を「具象」として対置していることは、あまりにも強引すぎて言葉の暴力的使用としか思えない。

ケルトの美術で有名な卍文様や組み紐文様が「抽象」だというのは良いとしよう。しかし、ビザンティンやイスラームやユダヤを偶像崇拝否定の文化であるとするのは、あまりに一面的な暴論である。

確かに、ビザンツ帝国でイコノクラスム論争があった。しかし、これは多分に政治闘争でもあったことは明記されなければならないし、何より、ビザンツのあの素晴らしい「イコン」はどう考えても具象的である。何が書いてあるかわかる。聖ゲオルギウスや聖母マリアやキリストだと「見てわかる」。これは宮下の言葉では具象であるはずだ。それにビザンティンの美術と言えば、美しいモザイクである。ここで描かれたものも多くは具象的である。イコノクラスム論争があり、偶像破壊が起こったというだけでビザンツの芸術が「抽象」だというなら、宗教改革でゴシックやロマネスクの教会の偶像を破壊した「西欧」も「抽象」ということになるだろう。

また、イスラーム美術に関して、この著者、宮下氏は何を知っているのだろうか?イスラーム世界でミニアチュールが大いに描かれていたこと、それも人物像が多く描かれていたことも知らないのか?モスクやマドラサ複合体などでは人物像は描かれていないが、王や貴族の宮殿や邸宅には多様な図像が満ちていたことを知らないのだろうか?イランなどではアリーやイマーム・ホセインの宗教的な絵などが多く見られることも知らないのか?知っていた上で、イスラームの美術を「抽象」と一括するのはあまりにも説明が不足しており、知らないで一括するのはあまりに安易であって不当だと思う。

さらに、「ヨーロッパ」の文化を「古代ギリシア」に起源を持つと考えるのもあまりにも安易なステレオタイプ的発想である。あなたが西暦4世紀のパリにいると想像してみよう。そこに「古代ギリシア」を思わせるようなものが何か一つでも見出せるだろうか?ぜひとも教えて欲しいものである。ローマ帝国の属州であった時期があるから、ローマ帝国で流布した文化的遺物はそれなりに伝わっているとしても、それを「古代ギリシア」とするのは不当だろう。また、時代を下って7世紀のパリにいると想像してみよう。そこではギリシア的なものもローマ的なものも、見つけることは遥かに困難になっているはずである。パリに「古代ギリシア的なもの」が本格的に流入してくるのは、概ね15~16世紀頃だろう。それもイタリアを通って。イタリアとイベリア半島の人々は、「古代ギリシア」の文化を、ビザンツと中東から学んだのであって、自ら継承したわけではない。

「ギリシア・ローマ的なもの」は「ヨーロッパ」に見られるのと同等かそれ以上に中東にも見られる。ただ、受容した形が異なっており、「ヨーロッパの受容の形」で「古代ギリシア」のイメージ自体が作られているために、あたかも「ヨーロッパ文明の淵源は古代ギリシア」に見えるだけである。しかし、この見方は、論理的には「論点先取の誤謬」を犯している。

言説は「影」の周りに新たな影をつくってゆく。影が濃くなればなるほど、影を生み出すもの(作品)は目立たなくなる。イメージが現実を凌駕する瞬間がここにある。(p.264)



この考え方はかなり妥当なものを含んでいる。本書の文章の中で一番、納得したところかもしれない。そして、これは政治などの言説でも同じことが言える。自民党の総裁選で、安倍晋三に世論調査で支持が膨らんでいるのも、あの男の「影」が濃くなっていることの表れだろう。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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