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アヴェスターにはこう書いている?
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饗庭孝男 『世界歴史の旅 フランス・ロマネスク』

 あとにくるゴシック期と異なって、ロマネスクの時代は、多くその土地の石や土を用いた。輸送の手段がいまだ十分でなかった時代では、祭壇にあてる大理石以外、土地の素材を使った。そこに独自の色彩(カラー)がでてくるのである。しかも多くは都市のなかではなく僻地であり、自然のなかであった。オーヴェルニュ地方の村々の屋根の瓦が独自な石と焼き方でできているのと同じである。ゴシック期になると遠方からの石材の運搬も可能であったため、地方色が薄れる。北フランスに多いその時期の教会はどれも似たり寄ったりである。(p.69、強調は引用者)


しばしばロマネスクは地域によって様式が異なり、ゴシックにはより様式の統一性があると言われる。ここで述べられているような素材の相違もその一つの要素となっているのであろう。ただ、「ゴシック期になると遠方からの石材の運搬」が可能になると言うが、その理由として、遠方(東方)との経済的な繋がりが13世紀には非常に強くなっており、それまでは辺境の地であったヨーロッパ(フランス)の経済が、ある程度潤った時期だったということが関連しているものと思われる。

しばしば、いろいろな土地に旅行していると、その土地ごとに「色」があると感じることがある。例えば、パリは白っぽい大理石の色、フィレンツェは赤いレンガの色、カイロは日干し煉瓦の薄い茶色、イスファハーンはモスクのタイルの青といった具合だ。もちろん、これらは単なる短期訪問した際の印象にすぎないとはいえ、これらがすべて建築素材から来ているということに改めて気づく。土地・都市の色を印象づけるものとして、建築素材が重要な役割を果たしていそうだということを本書を読むことでより強く認識した。

 以上のような地方別、流派別の建築群とは異なり、たとえば巡礼路沿いの教会堂は一つの共通した要素をもっていよう。サンチアゴ・デ・コンポステーラ教会、コンクのサント・フォワ教会、トゥールーズのサン・セルナン教会はコンポステーラへの巡礼路沿いにある。一様に広い教会内、周歩回廊と祭室のたっぷりとした空間は多くの巡礼者のためであった。側廊を翼廊の外陣部まで伸ばして周歩回廊につないだものである。身廊の横断アーチで区切った半円筒形穹窿、側廊の横の高壇(トリビューン)などもあり、これらの教会の建築にはオーヴェルニュ派が協力したという。(p.80、強調は引用者)


このように、地域性や流派だけでなく、その教会が果たしていた機能などによっても類型的に整理できるという視点は重要かもしれない。

 もとよりラングドック地方は、本来、山をへだてても谷間をとおって文化交流は盛んであった。内閉的であった北フランスとは比較にならないほど、密接であったのである。「南方吟遊詩人(トルバドゥール)」にもアラブ文化の多くの影を見ることができるとすれば、先の事実は自然なことといわねばならない。カタルーニアのリポール修道院がオリエント、アラブ、イタリアと交流し、写本においても多くを蔵し、北の修道院が禁じていた古代文化を積極的に取り込んでいたことも考え合わせれば、いずれも納得することと思われる。(p.190)


ラングドック地方が文化交流が盛んであったという事実は注目に値する。南仏といえば歴史的にはプロヴァンス、現在のリゾート地としてはコート・ダジュールなどが注目されることが多いが、その西にあるラングドック地方も、例えばイベリア半島と教会堂の建築様式の類似性などは驚くべきものがある。本書を読んでラングドック地方にも俄然興味が湧いてきた
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