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アヴェスターにはこう書いている?
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石弘光 『税の負担はどうなるか』(その2)

 日本の国民負担率は2003年度に36.1%と、1982年の土光臨調当時のレベルとあまり変わらない。つまり一見するとアメリカ型のようにみえるが、しかし現状において公共サービスを賄う財源は、租税と社会保障負担だけでは到底足りない。その不足額は、よく知られているように年々巨額な財政赤字で補われている。財政赤字は将来の増税によって償還せざるを得ないので、国民負担増のいわば先取りである。そこで先述したように今日では、財政赤字の対国民所得比率を加えたものを潜在的な国民負担率として国際比較が行われている。
 この新しい指標によると、日本のみ11%も通常の国民負担率が上昇し、47.1%と一躍第三のタイプの欧州諸国と接近してくる。ちなみに財政赤字幅を負荷する概念を導入しても、アメリカとフランスが1~2%程度上昇するのみで、他の三カ国の財政はほぼ均衡しているので影響がない。日本のみ潜在的な国民負担率と通常のものが乖離を示すが、それだけ財政赤字が深刻だということである。この結果、日本の特徴として国民の受益水準は潜在的な国民負担率を反映し欧州並みの高水準であるのに比べ、国民の負担水準はアメリカ並みの低水準となっているといえよう。(p.68-70)


ほぼ同意見である。

強いて言えば、日本の特徴としての「国民の受益水準」の中身が欧州と異なっており、日本の場合は公共事業による低所得層への所得給付という形態を伝統的にとってきたため――ちなみに、これは戦後の冷戦下での世界経済の動きと連動したものであった――高齢化社会を支えるための福祉政策による給付水準は欧州よりもかなり低いということをもっと明確に指摘すべきである。

私見を述べれば、日本の財政による再配分は概ね「中福祉・低負担」であるために「高債務」の状態なのである。そして、福祉政策が選別主義的であって普遍主義的でないために、受益が見えにくく、受益が見えにくいために負担への拒否感が強いのであって、低負担でありながら「高負担感」なのである。(これをさらに助長するものとして、90年代にネオリベラリズムの陣営から次々と発せられた「官僚による無駄遣い」論があり、このイデオロギーが浸透しているために負担に対する拒否感が醸成されている点も見逃せないだろう。)



つまり税制は国民すべてのインフラである以上、減税も像時絵も国民が判断し、その結果に国民が全員で責任を担うべき性格のものといえよう。逆にいえば、国民の側も政府が悪い財務省が悪いといって、責任を転嫁し続けることはできないということである。(p.97)


これも同意見である。

しかし、責任を政府や官僚に押し付ける意見の何と多いことか。このことには嘆かわしく思っている。ただ、政策論としては、「国民」をここまで賢いものとして想定することは避けるべきであって、もっと「弱い個人の仮定」に立って立案していかなければならないのだろうとも思う。少なくとも実務的なレベルでは。



そもそも社会全体で共同に使用する財・サービス(道路、警察、司法など)のために支払うのが税であるだけに、目的税(例、道路建設に充当される揮発油税)を除けば、一般に税負担に個別の対価を期待することは誤りである。(p.126-127)


そうなんだよねー。ここを見誤った感情論がいかに幅を利かせているか。これにいつも歯がゆさを感じるのだ。なおこの点については以前、このブログでも神野さんの著書を紹介したときに同じようなことを書いたのでリンクを貼っておく



日本のように、納税者の80%が10%の限界税率のみでよいとする現状は、明らかに累進税率により所得税負担の垂直的公平を図ろうとする基本的な構造を壊しているといえよう。(p.131)


このワンフレーズだけを抜き出すと意味が分かりにくいが、要するに、日本の所得税(本書は税源移譲がなされる前に書かれたので当時の税率で語ることにする)は、納税者の80%が税率10%のブラケットに納まってしまっており、それ以上の税率が適用されている人は少数しかいないということである。

これではほとんど比例税率と同じであって、累進課税をしているとは言えない。これが日本の現状である。なお、税源移譲があったために所得税と住民税の税率ブラケットの中身は変わっているが、トータルで見ると構造としては全く変動がないので、この問題は現在も続いているのである。



消費税の目的税化に対する批判

社会のセーフティネットを構築する費用を調達する手段として福祉目的税にするというのは、政治的に受け入れられやすいが、歳入のコアの部分を固定化する弊害はあまりに大きすぎる。(p.173)



確かにその通りである。

なお、税制としてよりも政治的な面に着目して福祉目的税としての消費税を批判するならば、目的税として消費税増税がなされた暁には30年後には「厚労族」の族議員のような連中が凄まじい利権を持つような構造になりかねないとも思う。

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