アヴェスターにはこう書いている?
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石弘光 『税の負担はどうなるか』(その1)

 情報を集め統計データで検討すればするほど、条件をいろいろ付すとしても将来の税負担増は不可避だという結論に達せざるを得ない。・・・(中略)・・・。
 この際、将来税負担増は必要ないとする論拠にしばしば用いられる次の二つの主張(願望といってもよいかもしれない)を、放棄すべきである。第一に、ムダな歳出を削減し、行財政改革を断行し、ムダな公共セクターの組織を削れば、増税は不必要だとする主張がある。たしかにこの点は無視できず、本書でも繰り返しその重要性を強調している。しかしながらそれはあくまで、税負担を引き上げる前に満たすべき前提条件に過ぎず、増税が一切不必要であるという論拠にはなり得ない。つまり今後必要とされる膨大な財源をすべて歳出削減と行財政改革で賄えるとは、到底考えられないからである。仮にあくまでこの主張に固執するなら、実行可能な視点からどの歳出や組織をいつまでに、どの程度削減すべきかを提示するべきであろう。
 第二に、減税や公共事業の財政出動により景気を回復させれば税収は増え、将来の必要な財源は確保されるから、今後増税の必要はないとする主張がある。問題は公債発行による減税などの財源が、景気回復により自動的に造出されるかである。たしかに景気が好転すれば、税収は増加する。しかしこれで財政健全化に資するほどの税収増になり得ないのは明らかである。将来の名目成長率の見通し(せいぜい2ないし2.5%)と、税収の所得弾性値(現在では1.1程度)を前提とすれば、毎年の税収の自然増をある程度推定できる。この増加額は、国の一般会計で一兆数千億円程度に過ぎない。この一例から容易に分かるように、景気回復-税収の自然増だけでは問題の解決には程遠い。増収に向けての税制の制度上の変更は、不可欠である。(p.4-5)


概ね同意見である。

ただ、無駄な歳出を削減することを増税の前の段階に位置付けるような二段階論には私は否定的である。本書でも確かに随所で無駄な歳出を削減することの重要性は繰り返し主張されているが、具体的な方法も対象も程度も示されていない。

本書に限らず、二段階論を主張する人は、削減・合理化するのはどの対象であり、それをどのような方法でどの程度まで行うのかを明示する必要がある。そして、その達成度をどのように評価するのか、というところまで示せなければならない。それがなければ、いつ「改革の本丸」である第二段階、すなわち増税に移行するのかを示すことはできないからである。

総じてこの手の主張(歳出削減が先で増税派その後だとする二段階論)は――往々にして感情に任せた議論でしかない、というだけでなく――単なる増税(問題)の先送りでしかない。すなわち、負担の先送りにより問題の悪化を招く主張に他ならない。というのは、高齢化が進み、人口の減少が始まる中で、団塊の世代や団塊ジュニア世代からしっかりと税を徴収できなければ、問題をソフトランディングによって解決するチャンスは失われてしまうのに、いつ終わるか分からない「無駄の削減」など待っていられるはずもないからである。

(ある意味、こうした歳出削減が先だとする論は、かつてのマルキシズムを想起させる主張だし、もっと近いのはイスラーム原理主義と呼ばれる思想が示す政治論と類似していると私は考えるが、この点については機会を見て論じることにしたい。)

第二の論、最近では「上げ潮派」の主張に該当するが、これに対する批判は全く妥当なものである。彼らの論がそれなりの正当性を持つためには極めて累進性の高い税制の構造がなければならないし、もしそうした税制になったとしても目的を達成することはできないだろう。これも詳細は省くが、彼ら(上げ潮派)の目的は財政の安定化や財政の活用による資源の有効な再分配などにはないことは見て取る必要があるだろう。



しかしながらこの(引用者注;90年代の財政出動による)刺激効果は、これ以上に景気後退を深刻化させずに、「二番底」になるのを阻止した程度であろう。大規模な財政出動の効果を減殺しているのは、やはり不良債権の存在である。(p.13)


財政について論じる際に、意外と語られないのが金融との関係である。本書のこの指摘はその意味でも重要である。

なお、90年代の財政出動は効果が全然なかったのではないという指摘は財政学者の間では共有されており、その点、一般に「公共事業=無駄・悪」というイメージを持たれているのとはややズレがあるということを指摘しておきたい。



税率引き下げや諸控除の拡大は、そもそも税収を制度的に確保しにくくする「税の空洞化」を招いてきた。
 以上のことを総合すると、日本は税金を集められない国になったということであろう。(p.17)


「税の空洞化」が起きているという指摘には同意見である。このことと行き過ぎた税率構造のフラット化が財政赤字の大きな原因であるというのが私見である。

本書はフラット化し過ぎているという部分は私ほど問題視していないが、そこに私との見解の根本的な違いがあるように思う。この点以外ではかなり共感するところは多いのだが。



 仮に税負担増やむなしの受け入れ態勢が出来上がったとして、どのような形でこれを実行に移すべきかが問題となる。この最重要なことは、以下の各章で強調するように、年齢を問わずすべての人々に「広く」「公平に」負担してもらう税制を構築することである。換言すれば、特定の人、特定の所得のみに「狭く」重い負担を課しても、問題の解決にはつながらない。(p.31-32)


この考え方は本書を貫く基本となる考え方だと思われるが、上述のような私と石氏との見解の相違はここにも表れていると思う。

本書はどちらかというと「広く」に重点が置かれているように私には思われたのだが、これは「中の下」くらいの所得階層の人々にとって現行制度と比較した場合、かなりの重課になることを意味する。石氏の主張する税制改革を行うとそれが実現する。

私の場合は「公平に」という方をより優先して累進課税の強化を先に主張する。これによって「広く」した際の「中の下」以下の所得階層が受ける増税を軽減し、その分を高所得層や高収益を上げた企業に負担してもらおうということになる。そこに見解の若干の違いがあると思う。

とはいえ、若干異なる意見であっても、石氏の上記の定式化は参考になるし、私に知的な刺激を与えるものであった。



 2003年現在、第5章で詳しく述べるように、就業者(パートタイマーやアルバイトも含む)のうち、約四分の一が所得税を払っていない。つまり非納税者の割合が25%にのぼる。・・・(中略)・・・。
 同様に法人税も、約三割の企業しか納税していない。・・・(中略)・・・。このような状態で、景気刺激のために法人税の基本税率引き下げを実施したとしても、三割の企業しか減税の恩恵を受けられず、その効果がどの程度かは疑問である。(p.44-45)


重要な指摘であり同意見である。

就業者の所得税非課税の割合が高いのは、税制の問題というだけでなくワーキングプアに象徴される労働条件に関わる問題でもあり、そちらの方が重要だから、私の場合は、本書のようにここから即座に所得控除の大幅縮小の議論には行かない。(もちろん、整理してよい控除は結構あると思っているが。)

法人税の方はもっと重要である。法人税を減税しても景気対策としての効果は見込めない。これと同様に、私が主張するように法人税の税率の累進性を上げても、影響を受ける企業は数パーセントの高収益企業だけである。だとすれば、これが景気に及ぼす影響もタカが知れているのであり、増税(累進性を高める)ことにそれほど大きな問題はないはずなのである。

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