アヴェスターにはこう書いている?
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杉山春 『ネグレクト 育児放棄-真奈ちゃんはなぜ死んだか』

 徳永は、虐待はアディクション(依存症)の一種だと考える。
 「子どもは家族と一緒に育てるのがいいというのは、アディクションがわかっていない人の家族幻想です。家族こそ危険なのだという発想が必要です」
 依存症には、アルコール依存症、薬物依存症などがあるが、患者はしばしば家族との葛藤を抱えている。アルコールや薬物の依存者は生育歴などを含め、さまざまな理由から自尊心が低下していることが多い。自分自身の弱さに直面したくないため、酒や薬物に逃避する。酒や薬物は、生きることへの恐怖心を打ち消すぎりぎりの選択だ。単純な禁止や叱責は治療に役立たない。専門的なアプローチが必要となる。
 虐待者もさまざまな理由から自尊心が低下して、周囲に強い不信感を抱え、人を信じることができない。自分以外に庇護者がいないわが子を思い通りに扱うことで、自尊心を保とうとする。あるいは思い通りにならない子供の存在を無視してしまう。子どもを利用して、自分の無力さに直面しないですむようにする。虐待者は、そうしなければ自分の存在が脅かされる、生き延びることができないという差し迫った思いに縛られている。虐待者は虐待してはいけないことを十分に知っているのだ。叱責では子どもを救えない。(p.98-99)


これはネグレクトを行ってしまう親についての心理的な説明として説得力を感じた箇所である。



 虐待をする家庭は、社会の最も弱い人たちだと、坂井も言う。
 「本来家族は、経済力、親族同士が助け合う力、知的能力、コミュニケーション能力などさまざまな支えを持っています。ところが、支えるものがなく崩れてしまったのが、虐待です。子どもの養育は、家族の機能のなかでも最も大変なことです。だから、虐待が突出するのです。」(p.283)


虐待に限らず、生活保護受給者などのいわゆる社会的弱者には共通に見られる傾向であると思われる。「普通の人々が持っている最小限の支え」を失った人々が一部には常にいるということ、その事実はなかなか周囲からは見えにくいこと、これらのことは指摘できると思う。

経済的だけでなく社会的な貧困は、論理的には誰もが陥りうるが、実際には誰もが陥るものではない。こうした支えが弱い人から順に貧困に落ち込んでいくというのが一般的な傾向である。だから、こうした支えがない人々ができるだけ少なくなることによって、貧困化をある程度防止することができるはずである。

アマルティア・センはこうした「支え」のことをエンタイトルメントと呼んでいるようである。これは非常に参考になりそうな概念として注目しているのだが、まだセンの著書はほとんど読んだことがないので詳しいことは何もいえない。しかし、センのエンタイトルメントの概念は、個人に属するものとして捉えられている傾向があるように思え、その点は気になっている。以上のような点を踏まえて、彼の思想を学んでみたいと思っている今日この頃である。

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