アヴェスターにはこう書いている?
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杉原たく哉 『中国ハッピー図像入門 しあわせ 絵あわせ 音あわせ』

 たとえば仮に、日本の御神輿がアメリカの博物館でガラスケースの中に置かれていたとします。ただそれだけでは、御神輿の本質をアメリカの人々に理解してもらうことはほとんど不可能であろうと、みなさんは思われるはずです。神社のお祭りという行事と華やいだ雰囲気、多くの半裸の男たちに担がれて、掛け声とともに揺れながら町を進み行く様子をビデオなどで紹介してはじめて、御神輿のもつ意味や魅力を理解してもらえるのではないでしょうか。美術館の展示作品はガラスケースの中の御神輿と同じです。それがいつ、どのように、どんな目的で使われていたのか、飾られていたのかを問うことなしに、物体の表面だけを眺めていても、作品の本質的な理解には至らないのです。(p.8)


「美術」とされているものを鑑賞する際に注意すべきポイントの一つ。中国の美術は工芸品としての側面も強いので特にこういう傾向が強いと想像される。



 こうした東海の仙島は、中国の人々にとって、古来不変の憧れでした。人々の眼差しは幻の島を求め続け、その結果、中国の庭園には常に池が造られ、池中には岩や築山が置かれることになりました。池は「東海」の見立て、岩や築山は仮の「蓬莱山や十洲」です。(p.31)


象徴主義的な解釈ではあるが、確かにそのように解釈できないこともない。近々、蘇州の庭園を見てくる予定なので、こうした観点を念頭に置いてチェックしてみよう。



 こうした不死と再生の月のパワーを体に注入すれば、すこしは長生きできそうな気がしますよね。どうするのかって?それは簡単。食べればよいのです。中秋節に中国では月餅を、日本では月見団子を食べます。私たちは明月を見ながら、実はお菓子にした月を食べてきたのです。(p.59)


本当かどうかは分からんが、なかなか面白い。月餅と月見団子が同じような呪術的な意味を持つとすれば、それもまた興味深い。



 中国では亀は「天から授かった聖典を背負って人間界に出現する動物」と考えられてきました。「夏王朝の禹王が洪水を治めたとき、甲羅に文のある神亀が洛水から出てきた」という「洛書伝説」がもとになっているのです。甲羅を焼いてできるひび割れから、天の意思や吉凶を占う「亀卜占い」が行われていたことも関係しています。甲羅の上に書物が載っていてもよいし、甲羅そのものに文書が書いてあってもよいのです。(p.69)


中国ではやたらと石碑の台として亀が造型されているのだが、それは
   亀の甲羅を使った占い→洛書伝説→亀は聖典を背負う動物
という発想の流れが背景にあると考えると納得できる。



 壁に掛けられた山水画は「不老不死のバーチャル・パラダイス」です。私たちが西洋絵画を見るときのように、外側から作品や作家と向き合う鑑賞の仕方でも結構ですが、山水画の場合は意識の中で絵に入り込み、絵と一体化することの方が大事です。
 ほとんどの山水画にはどこかに山道が描いてあります。山水画を見たら、まず道を探してください。そこには必ず道をたどる、あるいは佇む人がいます。それがあなた自身であり、そこが風景の最初の鑑賞ポイントになります。画中の山道をたどり、新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、木漏れ日の揺らめきの中で葉擦れの囁き、せせらぎの音に耳を傾けてください。
 次に、多くの場合、その道の先のどこかに小さな庵が描かれていますから、探してみてください。庵は、風水の理に適った素晴らしい場所に立っています。そこが、もっとも重要なビュー・ポイントであり、絵の飾られた部屋と画中の空間をシンクロさせるポイントでもあります。その絵が飾られた部屋や家でもあるのです。画中の素晴らしい風水の気は、画面を通して部屋や家に流れ込み、あなたを、ご家族を、そして子孫たちまでをも幸せに導いていきます。(p.141-142)


山水画の見方。道→人→庵と追っていきながら、画中に入り込んで風景を見、気を感じるわけだ。今度試してみよう。結構時間がかかる見方だが。



 つまり、このティーセットはジャポニズムといいながら、実は日本を経由した中国ハッピー図像の作品なのです。こうした現象は別に不思議なことでも、珍しいことでもありません。万博などで日本人自身がヨーロッパの人々に「日本的美」として紹介した美術品は、その多くがデザインのオリジンを中国の吉祥美術に負っていました。今の私たちが見ると、どこが日本的なのだろうと首を傾げたくなるような露骨な中国趣味の作品が博覧会場にはたくさん展示されていたのです。江戸から明治にかけての日本と日本人は、今の私たちよりずっと中国風な美的センスの世界に生きていたようです。私たちが今「日本的」と考える「日本美術」は、明治以降百年以上の間に「こうあって欲しかった」という願望のもとに歴史を取捨選択して構築した「望ましい過去」といってよいでしょう。実際の昔の日本人は、侘び寂びだけでなく、ドロドロ、ギトギトした美も含めた多様な美意識の中で生きていたのです。(p.201)


歴史叙述はしばしばこうした「構築された望ましい過去」であることが多い。というか、「事実の理論負荷性」ということから言って、これに類する傾向を持つことは歴史叙述の宿命とも言える。

近年の日本で言えば、極端な歴史修正主義者たちが喧伝する歴史観などは、荒唐無稽なほどにまで事実より願望を前面に出した事例(願望を事実として語っている事例)だと言える。

このような極端な事例を見るまでもなく、歴史叙述の宿命とは言っても、願望をそのまま事実として語ってよいわけではない。願望を投影することに対してはできるだけ禁欲的でなければ、その願望を共有しない第三者から見た場合の客観性は得にくい。そのために自らの願望など(自分の見方)をできるだけ自他共に明示的に示した上で、事実相互の関係や事実の存在や関係を示す論拠について明示しながら叙述を進めるというのが学術的なレベルの研究では常に求められる。

ある程度の学術的な水準がある歴史叙述であっても、日本美術史などで言えば、上記の引用文で指摘されているような(明治以降百年以上の間に「こうあって欲しかった」という願望のもとに歴史を取捨選択して構築した「望ましい過去」)パラダイムが成立していたことが指摘されている。これは「日本美術」に限らず、他の地域や分野についても言えることであり、「近代国民国家」の成立の時期に歴史学という学問が並行して発展してきて、その際に歴史家たちは自らの「国家」を称揚するものとして歴史を描いてきた面があった。(19世紀などにはヨーロッパ諸国でそれが顕著だったと思うし、現代でも中国の歴史観などを見れば、共産党による支配を正当化するものとして描かれていることから、これらがどのようなものであったかがわかるだろう。)歴史叙述を読む際にはこうした偏向がありがちであることを念頭に置いて、それらをフィルタリングしながら読むことも必要なことであろう。

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