アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

瓜生中 『知っておきたい仏像の見方』

 古くから皇室の神事などを司ってきた物部氏は、外来の神(仏)を受け入れると日本固有の八百万の神の怒りを買うとして仏教の受容に激しく反対した。これに対して財力を背景に発展してきた新興の蘇我氏は仏教の受け入れを強く望んだ。蘇我稲目の思惑はこうだ。皇室の神事は物部氏が独占していて曽我氏が入り込む余地はない。しかし、外来の仏教によれば、皇室に近しく入り込む余地があるのではないか。・・・(中略)・・・。しかし、このとき稲目は仏像を信仰の対象としてではなく、あくまでも政治の道具と見なしていたことは確かだろう。このように、仏像は仏教伝来当初、政治の具とされ権力者たちの手で翻弄された。(p.34-36)


著者の瓜生氏はこうした仏像や仏教が政治的に利用されることを好ましくないことだと評価しているのだが、私の考えではこうして政治と宗教が結びつくことは、むしろ常態なのである。私が言いたいことは、好ましいかどうかは別問題として、政治と宗教が完全に切り離された領域のものであり結びつくのは不純なものだという考え方は誤りだということである。



 前項で述べたように阿弥陀如来はすべての人を救ってくれる頼もしい仏として盛んな信仰を集めた。しかし、この如来の救済にはいかんともし難い限界があった。それはこの如来が救ってくれるのは死んだ後のことで、生きているうちは救ってくれないということだ。・・・(中略)・・・。そこで、人々は現世利益を実現してくれる仏を探し始めた。そして、探し当てられたのが薬師如来である。
 死んだ後の面倒を見てくれるのが阿弥陀如来なら、生きているうちに面倒を見てくれるのが薬師如来だ。・・・(中略)・・・。時代とともに仏教の裾野が広がると、貧しい人々の願いを叶える必要が出てくる。そのような要望に応える形で登場したのが薬師如来なのだろう。
 ・・・(中略)・・・。
 日本に薬師如来が伝えられたのは、仏教伝来から間もないころ(六世紀)と考えられるが、そのころは釈迦如来に対する信仰が強く、薬師如来はあまり注目されなかったようだ。薬師如来が注目されなかった理由は、伝来当初、仏教が天皇や豪族の間で受け入れられたことによる。もともと裕福な生活を送っていた彼らにとって、衣食を満たしてくれるなどという薬師如来の大願はあまり魅力がなかったからである。(p.66-69)


薬師如来が「探し当てられた」と書かれているが、この記述には語弊があるのではないだろうか。目的論的になっている。これではあたかも民衆が自らそうした仏を探そうとして探したかのような印象を与えてしまうが、史実は恐らくそうではないだろう。教団・教派の勢力が拡大していく中で民衆の状況と適合的なものがポピュラーになったということであろう。

また、貴族(天皇や豪族)が薬師如来に関心が薄かったのは、統治のイデオロギーとして見たときに、現世での財の配分を重視せざるを得ない薬師如来的な教えよりも、現世での救済の効果が見えなくても「教えの正当性すなわち支配の理論的正当性」を維持できる阿弥陀如来的な教えの方が支配層にとっては都合が良い理論だからであろう。

本書の解釈は宗教を信仰の問題として捉えすぎている点で誤っているように思われる。



 前々章で述べたように、法輪は釈迦の教えの象徴である(第三章89-90ページを参照)。もともとインドで古くからその出現が待望されていた転輪聖王という理想的な王が駆使する無敵の戦車の車輪を、すべての人を教え諭す釈迦(ブッダ)の完璧な教えにたとえたものである。戦場で戦車が敵を完全に駆逐するように、釈迦の教えが世の中に伝わっていくことを表している。(p.180-181)


宗教の教義は思想ないし哲学という側面もあり、しばしば論争が行われる。法輪が戦車の車輪であることは、この「争い」で相手に勝利するイメージと重なる。

そして、上でも述べてきたように、宗教は政治的なものなのだとすれば――より適切に言えば、宗教は集団を形成する際の一つの形式であり、社会集団は必然的に社会的影響力をもち、それは一面では政治的な権力でもあるということである――実際に「戦車」によって敵の支配層が仏教を奉ずる支配者によって駆逐されると、その支配下に置かれた人々に通用する論理として仏教の教えが採用される(支配層から庶民に下される)ということを意味していたととることができるのではないか。

政教分離のイデオロギーが機能している現代の日本における宗教のイメージとはやや離れているが、ウェストファリア体制やイスラーム世界のシーア派政権(私は特にファーティマ朝やサファヴィー朝を念頭に置いている)の成立事情などを考えると、こうした考え方は妥当であると考える。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/364-6b73c099
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)