アヴェスターにはこう書いている?
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奥村哲 『中国の現代史 戦争と社会主義』(その2)

 そもそもナショナリズムは、思想というよりも情緒であり、自己の存在への危機から生まれ、自己が帰属すると考える集団に価値を認めた上で、それを守り発展させようとするものである。自己と同一と考える集団に対しては連帯し、統合を進めるが、異なると考える集団は価値的に低いとみなし、排斥し対立する。また、自己と同一と思われるにもかかわらず、自分たちに同調しない者は、無能力者か裏切り者であった。こうしてナショナリズムは、人々の連帯と対立、社会の統合と分裂という、矛盾する二つの契機となるのであり、イギリスやフランスに対抗して上から急激に国民国家化を進めた後発資本主義国では、それだけ排外性の強いナショナリズムをその核としたのである。そして、より排外主義的なナショナリズムは弱者に対してより侵略的となった。こうして国民国家の排外主義的な国家利益が追求され、互いに衝突し、帝国主義に向かっていく。(p.60)


ナショナリズムが思想というよりも情緒であるという指摘は妥当だと思う。だからこそ概念的には捉え難い。そして、その情緒は「危機感」から生まれるがゆえに、抵抗すなわち「防御のための攻撃」の性格を常にもつことになる。ナショナリズムにおいては建前上の防御という口実と実質的な攻撃性が表裏一体のものとして結びついている。「防御のための攻撃」の論理から「攻撃される前に攻撃する」という先制攻撃論にはほとんど壁がない。「外敵」から攻撃されることへの恐怖(危機感)が常にある人が抱く情緒なのだから、その緊張感に耐えられなくなる時点で常に先制攻撃論という理屈が出てくるのである。そして、実際問題としてこの先制攻撃が行われるのは自国より弱いと見なしうる地域に対してに限られる。

本書の主張で見落としていると思われるのは、侵略する側のロジックとして、被侵略地域の人々(あるいはその地域の人々の中の「同胞」)を「解放する」という名目が使われることであろう。そして、しばしば、それらの人々を「自己が帰属する集団」の一部だと見なそうとする点に、本書では力点が置かれていないところにはやや違和感がある。

例えば、中国で言えば、中華民国時代以降のナショナリズムは「中華民族」という集団を想定(想像上で作り出)し、そこにチベット族やモンゴル族やウィグル族なども含まれているという論理で、こうした「少数民族」を「中華民族」の一部として取り込んできたし、かつての日本帝国が台湾や韓国を侵略したときにも似たようなイデオロギー的な言辞がよく使われたと聞く。

ここに見られるのは「排外主義」とはやや異質な論理と感情であって、排外主義だけで説明するのはやや単純化しすぎのきらいがある。この点を除けば概ね著者の意見に賛同する。

興味深いのは、「自己と同一と思われるにもかかわらず、自分たちに同調しない者は、無能力者か裏切り者」という発想がナショナリズムでは頻出することについて明確に指摘していることである。かつての日本では「非国民」というのがあったが、昨今の日本のウェブ上では日本国籍保有者に対して「反日」という言葉でラベリングすることなどが、まさにこれにあたるだろう。



 ここでもう一度ナショナリズムの特性を振り返ってみよう。ナショナリズムは自己の存在への危機感からアイデンティティを求め、その集団に価値付与を行ない、集団の発展に敵対すると考えられるものに対して闘争していくものである。本来理性的であるよりは情緒的であり、集団の統合を進める一方で、「内なる敵」や異端と考えられる者に対しては抑圧的になる。というよりは、むしろ「外」との闘争とともに、しばしばつくられさえする「内なる敵」への抑圧を媒介として、統合が進められるのである。反漢奸闘争の場合、一村ないし数か村を単位に行われ、村人が集められ、その真ん前で「漢奸」が吊し上げられた。参加しなければ疑惑を招き、自身が次の闘争対象にされるかもしれない。逆に積極的に「内なる敵」を摘発し闘争すれば、より多い果実が得られるし、自分が「内なる敵」とされることもなくなる。「敵」か「味方」かがいやおうなしに鮮明にさせられるなかで、相互に監視しあい、運動に参加して身の潔白さを証明し、「敵」を共同で抑圧する「味方」の体制が村としてつくられ、それを共産党が掌握していったのである。それは社会の厳しい緊張を前提とした、早熟的な統合であり、これを背景に、戦争末期に共産党はその勢力を拡大していったのである。(p.102-103)


本書におけるナショナリズムにおける統合の分析のうち、この「内なる敵」への抑圧を媒介として相互監視的な抑圧的な社会として統合が進められるという指摘は非常に興味深いところである。

昨今の日本で「内なる敵」とされているものの一つが「公務員」であるという点は一応指摘しておこうと思う。もっとも、これはナショナリズムの感情というよりは、行き先の見えない社会の不安をぶつける対象として発見された「内なる敵」ではあるだろうが、このように「内なる敵」が常に探されている社会の状況があるとすれば、早晩、かつての中国のような「強制的かつ自発的な監視社会」が実現していく可能性は否定できない。

実際、私は第二次世界大戦後から冷戦終結までの時期と冷戦終結後の時期において、日本と中国の地政学的な位置はほぼ逆転したと認識している。

すなわち、戦後の冷戦体制の下では日本の置かれた位置は極めて有利なものだった。東西の境界線にあり反共の砦として経済的に有利な条件が国際的に整っていた。そのお膳立ての上で日本の経済発展があった。逆に、中国は国際的に封じ込めの対象とされ、ソ連ともアメリカとも関係が悪い中で孤立していた。当然、貨幣の流通が血液のようなものである経済はそうした環境下では発展することは難しかった。

冷戦後は状況が一転した。冷戦構造の中でアメリカ一辺倒の外交を続けてきた日本は政治的に孤立の傾向を示した。経済的には国際資本移動が加速したために安価な労働力が大量にあるインドや中国に有利な状況となり、工業が売りだった日本にとっては不利な状況となった。アメリカやイギリスとは異なり、金融のヘゲモニーが確立していなかったため、没落を食い止める要素が少なく、没落の速度は早かった。中国は冷戦が終結したことにより、かつての封じ込めは終わり、現在は全方位外交を進めている。安価な労働力が大量にあることによって、工業と市場としての優位性が発揮されている。国際資本移動の自由化の恩恵である。

国際社会・世界経済のネットワークの再編が起きる中で、もともと有利な状況があったが、その状況が一挙になくなってしまった日本と、もともと不利な状況にあったが、その状況が一挙になくなってしまった中国とが対照的な動きをしており、冷戦後の日本の歴史は第二次大戦後の中国の歴史と、いろいろと共通点があると私は見ているのである。今後、日本で「大躍進」や「文化大革命」のようなことが起こらないとは限らない、そんな情勢になってきているのではないか。(まぁ、日本は曲がりなりにも「中核」に属してきたので、一挙にここまで酷い事態には陥らないだろうが、それと似たような社会情勢にはなっていくかもしれない。)

余談だが、「一国の歴史」を一つのものとしてみる見方を私は基本としてしないので、「日本の歴史」とか「中国の歴史」という言い方はしたくないのだが、一応、政治的な単位として国民国家が機能していることは認めており、この単位の中では比較的同じ情報が共有されるし、財政的にも国際経済的にも利害を共有する部分はあるため、社会的な意識のあり方に着目する際には、一国史観的な見方をある程度採用しなければならず、そのために上記のような書き方になってしまった、ということを一言断っておく。

冷戦体制はブレトン・ウッズ体制とセットだったと私は見ているので、本当は冷戦が画期とは言えない。ブレトン・ウッズ体制の終焉から移行期がスタートしたのであり、冷戦の終結によってその移行期が終わったことを意味する。ブレトン・ウッズ体制が終わったとき(1971年)に、中国とアメリカの関係が改善に向かい、その後、中国で改革開放路線が選択された(1978年)ことは偶然ではないのである。



 朝鮮戦争は1953年7月に休戦協定が調印されたが、以後も、中国はアメリカと鋭く対立するようになった。不意を突かれてアメリカ軍が壊滅に瀕したとき、マッカーサーは中国軍の後方補給基地となった東北に数十発の原爆を投下するよう提案し、トルーマンも原爆の使用を考慮していると声明した。原爆投下自体は国際世論の反対もあって回避されたが、アメリカは中国を東アジアの秩序に対する最大の脅威とみるようになり、その封じ込めを謀って周辺のアジア諸国と次々に軍事同盟を締結していった。1951年9月に締結された日米安全保障条約もまたその一環であることは、記憶されねばならないであろう。逆に中国にとっては、アメリカのこうした動きこそが中国への脅威であり、中国への「帝国主義」的侵略の企図を実証するものであった。こうして、ありうるアメリカ「帝国主義」の侵攻に、総力をあげて対処できる態勢を築くことこそが、中国の最大の課題となったのである。それが、中国を社会主義体制に導いた。(p.121-122)


東アジアにおける東西冷戦の構造はこの頃に確定したのであり、日本はこの恩恵にあずかり、中国はこの体制により封じ込められた。

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