アヴェスターにはこう書いている?
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杉本信行 『大地の咆哮 元上海総領事が見た中国』(その3)

 先に、日本が中国の軍事費拡大を避難し、中国がそれに耳を貸さないからといって中国に対するODAを終了するのは得策でないと述べた。中国の軍拡に対する批判を、台湾統一を国是とする中国は内政干渉としか受け取らないからだ。それよりも、「草の根無償資金協力」による小学校建設や教材購入支援などを行い、その実績をもって、中国がいかに基礎教育をないがしろにしているかを世界に訴えていくことができる。
 もう一つは、環境対策という視点。周知のとおり、中国国内ではいまさまざまな公害問題が起こり、被害が出ている。たとえば、汚れた河川を浄化するために、「草の根無償資金協力」で簡易浄化装置を設置していく。
 それを続けながら、「こんなに経済発展して外貨準備高もあり、世界的にプレゼンスが高まっている中国が簡易浄化設備に回す予算がないのはおかしい」と訴えれば、中国の人たちは、それを否定できないわけだし、彼らはいずれ予算取りをせざるを得なくなる。
 私が主張したいのは、中国が抱えるさまざまな問題を放置しておくならば、中国人自身が将来、途方もない負担を背負うのは不可避なのだが、それを隣国として看過せずに、援助することによって、問題提起をしていくということである。われわれが積極的に対応して問題提起をしていくことにより、中国の予算の優先度を変えさせる力を蓄える。私はそういうかたちで対中ODA予算を使っていくべきだと思っている。(p.174-175)


こうした地味でニュースバリューの小さなものの積み重ねは大事だと思っている。本書のこの主張は外交官ならではのアイディアであり、最も参考になった箇所の一つである。ただ、こうした地道な努力がしばしばくだらないパフォーマンスのせいで台無しになることもあるのが歯がゆいところだろう。もちろん、これは小泉の靖国参拝などを念頭に置いている発言である。



 これら任期五年の党大会のサイクルの中で結論を出す必要に迫られている指導者たちにとり、五年間で成果をあげるために一番てっとり早いのは、工場や住宅建設を中心とする固定資産投資を積極的に行うことにより経済成長率を上げることだった。不足部分については外国企業に頼ることで、短期的な経済成長の目標を達成してきた。
 こうして経済成長率を高めることが、国家レベルから地方レベルまでの各指導者の至上命題となり、その達成度が評価基準になった。消費が伸びなくてアンバランスであろうが、固定資産投資を伸ばせば一定の成績を上げられることから、彼らはそうした政策に走らざるを得なかった。
 だから、不良債権の処理についても、本来とは逆の方向にベクトルが向いてしまった。
 貸出総額(分母)のうちの不良債権(分子)を減らすことが本来の姿なのだが、彼らは経済成長という至上命題を与えられているため、逆に分母を増やして、結果として不良債権比率を下げようとしたのである。
 朱鎔基は98年末に人民銀行の大区分行(支店)制改革を行ったが、これはかえって人民銀行地方分行の国有商業銀行地方分行に対する監督機能を弱めることになった。権限を地方分行から大区分行に集中させたことにより、人民銀行の地方分行長の行政職ランクが国有商業銀行の地方分行長よりも下位になったのである。
 この結果、地方レベルにおける人民銀行と金融機関の関係は以前より希薄となり、代わりに地方政府と金融機関の癒着が強まることとなった。(p.309-310)


かつての日本が土建国家化したのとかなり似たパターンだと言えそうである。世界中から資本が集まってきても、それを短期間のうちに有効に使うのは容易ではなく、どうしてもこうした手法にならざるを得ない部分があるのだろう。



 けれども、当時の中国人社会では法輪功の登場はある意味当然なことだといわれていた。改革・開放は結局貧富の差を拡大し、貧しい者の将来の社会的保障をどんどん奪い取っていった。病気になっても医療保険が使えないならば、気功で予防する。そういう仲間たち、とくに老人たちが互いに元気かどうか確かめ合うために集まる。来世は健康で元気に生きていこうという運動が共感、共鳴を得て中国全土に広がっていったということではないだろうか。
 だが、共産党は法輪功が大宗教運動になり、かつての義和団のような存在となることを極度に恐れて、徹底的に弾圧を始めた。(p.349-350)


社会的セーフティネットが公的に整備されていない状況で市場化が進んだために、新しくコミュニティを形成する必要が生じているという状況があり、法輪功はその状況へのリアクションの一つだという解釈。なかなか興味深い。



 だが、意外なことかもしれないが、ドイツ政府が日本のように国の責任として他国に謝罪したことはないのである。それは、反人道的な犯罪行為は「ナチスというきわめて特殊な集団が行ったものである」という立場をとっているからなのだ。だから、ドイツ国軍の行った戦争に関しては追咎されることもなく、また謝罪も行われていないのである。(p.374)


ドイツが政府として謝罪したことがないから日本も謝罪や反省をする必要が無いとはいえないのだが、それぞれの状況がその後の経路に影響するという点では興味深い指摘ではある。



 この議論(引用者注;教科書問題ばど歴史認識の問題)でもっとも歯痒いのは、やはり戦後の日本が努力した平和への取り組みについて中国ではまったく知られておらず、評価の対象となっていないことだ。極端なことをいえば、中国人の頭の中ではいまだに日本は戦前のままなのである。(p.376)


「中国人の頭の中ではいまだに日本は戦前のまま」というのは、なかなかうまい表現である。すべての中国人にとってそうだとは言えないまでも、中国国内で知らされる「日本」の表象の多くは、特に歴史に関しては戦前までしか知らされない傾向があるだろう。今後、本当に未来志向で関係を作っていくならば、やはり中国国内で「戦後の日本の歩み」についてもっと理解を深めてもらうことは必要なことであろう。特に、昨今の中国の状況がかつての戦後の日本とかなり類似点があると私は考えているので、そうした意味でも中国にとって戦後の日本の歩みは参考になると思うのだが。

もちろん、戦後の日本も確かに平和への努力をした面はあるだろうが、国連などでの対応を見ると、それほど誉められたものでもないのは確かなのだが、それでも戦前のイメージが突出して強い中国の人々に対して、異なる側面をも見えるように発想を柔軟にしてもらうためには、戦前の悪いイメージとは対極的な戦後日本の良いイメージを強く前面に打ち出すのは戦略的には悪くないだろう。
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