アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

杉本信行 『大地の咆哮 元上海総領事が見た中国』(その2)

 ここで、円借款はなぜ民間の融資と区別され、「援助」と呼ばれているかをおさらいしてみよう。
 日本の円借款は、経済協力開発機構(OECD)の下部機関である開発援助委員会(DAC)の定義に基づくODAとして国際的に公認された政府対政府の「援助」である。
 DACによれば、「援助」がODAとして認知されるには次の三条項を満たす必要がある。政府ないし政府の実施機関によって供与されるものであること。開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主目的とすること。供与条件として贈与要素(Grant Element=GE)が25%以上であること。
 GEとは、DACがODAの国際比較を行うため、援助条件の緩やかさを表示するために決めた指標である。金利10%の商業条件のGEを0%とし、金利、返済期間、据え置き期間が緩和されるに従いGEの比率が高くなり、贈与の場合、これが100%となる。
 79年から97年の円借款の平均金利は2.78%であり、この20年間あまり常に市中金利を下回っており、世界銀行のIDA(国際開発協会)を除けば、他のいかなる国、国際機関の資金供与より低金利である。償還期間も据え置き10年で30年(注:環境プロジェクト等40年に及ぶものもある)の長期間である。
 このような対中円借款の条件に従い計算すると、対中円借款のGEの平均は65%であり、GEに相当する部分が実質的に贈与されることになる。別の角度からいうと、中国に譲許性の高い資金を提供することにより、中国が市中金利で借り入れた場合の差額を実質的に中国に贈与していることを意味する。
 これに対して、中国政府内には「返済するカネなのだから」とか「日本にも利益がある」との主張も根強い。
 だが、はっきりいってこの考えは誤りだ。右の説明のとおり、ODA総額約三兆円のGE(贈与要素)の割合は65%、つまり、約二兆円は真水として実質的に中国に「供与」されていると国際的に認定されているからだ。
(p.92-93)


円借款は中国に対して贈与された部分がかなり大きいという話。なかなか興味深い。

ただ、「日本にも利益がある」というのは幾つかの意味で正しいのではないだろうか。日本政府から中国政府にカネが渡されるということは、当然、中国政府にとっては利益になるのだが、日本政府にとっても常に「損」であるとは限らない。次の引用文に示された考えなどは、その一つではなかろうか。



 円借款をきっかけにして、欠けている交通インフラ、エネルギー政策の体制づくりが始まった。石炭を日本に売って外貨を稼ぎ、インフラ整備に再投資する。そうなれば、次には民間投資が始まる。実際には、最初に入ってきたのは華僑資本であった。それに日本の民間投資が続いた。
 初めのうちは、きわめて廉価な労働力をフル活用して生産するアパレル分野がメイン。安価でリーズナブルな品質の製品を輸出して稼いでいたが、年を経るにつれ、食品加工、電子部品、半導体、自動車と産業の裾野が拡大し、その好循環が二十年にわたる平均10%近くの驚異的な経済成長を支えてきた。当時の中国人の誰に想像できただろうか。
 その意味で、中国の発展の基礎をつくったのは日本からの円借款であることは、否定できない事実なのである。
 中国が経済発展すればどんどん軍事力を増すので、日本にとり脅威だと指摘する向きもある。しかし、よく考える必要がある。あのまま中国を放置しておうけば、現在の北朝鮮のような存在になっていきかねず、そちらのほうがより脅威になっていたとはいえないだろか。
 01年12月にWTO(世界貿易機関)にも加盟し、いまや自国通貨の人民元の為替レートが他国に及ぼす影響を慎重に見極めながら決めなければならなくなった中国は、国際的な経済秩序に縛られ、当然ながら、関係諸国と相互依存関係にあり、身勝手なことができないようになってきている。(p.97-98)


 このように相手国を経済的に安定させることによって脅威となることを防ぐという効果も考えられるのである。

仮に中国が脅威になることがあるとすれば、それは中国がブレトン・ウッズ体制と冷戦構造が存在していた頃のアメリカ並みの覇権を手にしたときであろう。ただ、私見ではそこまでの力を中国が手にできるかどうかには、やや疑問がある。

確かに中国が今後、覇権を手にする可能性は否定できないが、覇権を手にできるほどの経済力を手に入れる頃には、中国の人口構造は現在の日本並みかそれ以上に高齢化が進んだ状態になっているはずである。覇権国はかつてのオランダやイギリスやアメリカのように移民が大量に流入する傾向があるが、中国にそれが起こるだろうか?中国の政治が抱える問題の一つが少数民族を統合する問題であり、歴史的には存在していない「中華民族」というイデオロギーを用いて、統合を維持しようとしているところに移民が大量に流入することができるかどうか、かなり疑問がある。



 国際的に孤立する中国の最大の弁護者として、懸命の努力を重ねた日本の姿をごく一部の中国人しか知らないことは非常に残念である。(p.117)


中国政府と日本政府の関係が良好になり、中国政府が自国内における日本のイメージを向上させる必要が生じたとき、こうした姿は伝えられるであろう。90年代後半以降について考えると、江沢民と小泉純一郎という政治的リーダーを持ってしまったことは、双方の国の人々にとってマイナスだったように私には思われる。



 よく台湾植民地50年と朝鮮半島植民地36年との比較で、「台湾人が親日的であるのに朝鮮人は反日的であるのはなぜか」との問いが出されるが、その理由の一つに両者の歴史の違いが挙げられよう。
 台湾総督府は、台北市のど真ん中の、もともと何もない野原に建設された。朝鮮総督府は李朝の王宮の前に王宮を隠すように建てられた。この違いが象徴しているように、台湾の植民地は中国から「化外の土地」として見捨てられていた島に、日本がいわばゼロから近代都市を建設したのである。(p.119-120)


ゼロからというのはやや誇張だと思うが、日本が進出する前の台湾と朝鮮では状況が大きく異なっていたことをうまく言い表わしている。さすがは(元)外交官と思わせる文章である。



 中国では、地方政府が一定規模以上のプロジェクトを計画した場合、ある程度の自己資金を準備するほか、中央政府の認可が必要となる。各地方から中央政府に毎年数百件の申請があり、国家計画委員会(現在の国家発展改革委員会)が資金手当ての関係から第一次審査を行う。外国からの無償資金協力を利用することが適当と判断した場合、それを採用するかどうかの判断は、対外経済貿易部に委ねられる。
 同部に集められた地方政府からの数百におよぶ申請案件から、最終的に日本政府の無償資金協力を利用すべきかどうかの判断は同部の国際合作司に任されている。
 したがって、地方政府の側からすれば、プロジェクト遂行に足りない資金が中央政府の予算から手当てされるのか、外国政府の援助によるのかは第二義的な関心となる。それよりも、同部国際合作司が当該プロジェクトを他の地方から上がってくる数百件に及ぶ案件の中から選定してくれるか否かが最重要関心事となるわけである。
 極端な言い方をすれば、地方政府は別にどこからカネが出ようが関係ない。足りない分を出してくれる決断をしてくれた部署、担当者に対し感謝の念が集中するのである。そのため、あのようなごますり接待をすることになるのだ。
 以上のように、無償協力資金の窓口の対外経済貿易部の担当者と接触し、調査を進めてみてはじめて、このような背景が浮き彫りになり、先方もそれを認識することになった。(p.151-152)


日本が金を出したODAに対して中国側が相応の敬意を払わないということが問題とされることがあるが、そのメカニズムはこうしたところにあったようだ。このあたりを踏まえると、単に「敬意を払わない」という表面上の現象だけを見て感情的に反発するような、日本でよく見られるタイプの議論がいかに愚かであるかがわかるだろう。

スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/353-893eba08
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)