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アヴェスターにはこう書いている?
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伊原弘 『蘇州 水生都市の過去と現在』(その1)

 この大運河がいち早く機能しだしたことは、隋末の混乱が象徴する。山西省の太原から起きて天下を狙った唐が洛陽の確保に執心するのは、そこに江南からの穀物が貯蔵されてあったからである。含嘉倉城とよばれるこの穀物倉庫は、現在も洛陽駅構内にある。近年、発掘されたその倉庫は大規模で、しかもすぐれた貯蔵システムをもっていた。穀物と一緒に埋蔵されていた塼(せん)には、発送から到着の次第が記されている。これは唐代のものであるが、唐の建国にあたって洛陽が争奪の場となったこと、雄大な貯蔵庫があることこそが、大運河のすみやかな活動を示すのだ。(p.31-32)


政治的な勢力と経済の動向とを組み合わせた分析。こうした見方は重要なものである。



 ところで、このすぐれた物流システムである大運河ゆえに存在意義の高まった江南ではあるが、それゆえの欠点も指摘しておきたい。それは、大運河が中国の東側に偏っていることである。中国は奥が深い。にもかかわらず、このインフラ的な投資は海岸線に近い東の部分に偏っていた。これは、江南の開発と突出に有利であったが、一方で過大な負担をかけることにもなっていた。江南は大運河によっていっそう栄えたが、大運河によって頚木をかけられたともいいうるのである。(p.33)


興味深い見方である。中国の歴史的な展開を見ていく上で極めて重要な着眼点であると思われる。



 ここで、宗教と芸能の関係について一言しておきたい。宗教は現世に深い関係と意味をもつ。強大な権力と権威の成立には強烈なイデオロギーが必要である。古来、宗教がその役割をしばしば果たしてきた。ここに、宗教の重要性がある。しかも、権力や権威は、自らを飾ることを好む。・・・(中略)・・。技術者の存在なくして権力と権威の確立はありえない。(p.37-38)


宗教には集団を形成し、共通の儀礼(それを正当化するのが教義=イデオロギーである)によってそれを維持させる機能がある。それゆえに政治性があるというのが私の捉え方である――デモクラシーの制度が普及してからもこれはほとんど変わっていない(公明党やアメリカのキリスト教原理主義の影響力、イスラーム世界の情勢などを見てもそれは分かるであろう)――が、ここで述べられている筆者の見解とも共通するものはある。

なお、美術や建築などと権力の関係についてはほとんど同意見である。



つねづね指摘してきたように、都市の問題とは街路の問題である。都市にとって、街路とは人間の神経や血管にもあたるものである。都市とは街路の集まる場所なのだ。それは、今日でも同様である。だからこそ、行政当局は街路の保持と整備に心を砕く。
 道路にゴミを捨てる日はいつ、道路に車を置いてはならない、また長時間止めてもいけない、道路に物を勝手に置いてはならない、屋根や看板を張り出してもいけない。行政当局は道路の保持に並々ならぬ配慮を示す。それは、街路が都市の機能を守る重要な要素だからである。そして、これは、前近代においても同様だった。(p.74)


筆者の独特な見方は参考になる。都市とは街路の集まる場所であり、その保持と整備は都市の機能を守ることである。

街路と非街路を区別するものとしての建築が街を形成するというのが普通の感覚だが、それを裏返しているところが興味深い。そして、その裏返った認識によって、流通や治安(秩序維持)という側面が浮き出てくるところが大変面白いところである。

昨今の日本では「ハコモノ=建築」や「道路」が「無駄」の象徴の様に扱われているが、そうした意見が世論に無批判的に定着してしまっている現状は、かなり危険なものであると見なければならないであろう。



 なお、ここで一言しておきたいのは、最近の東西交通路をなんでもシルク・ロードとよぶ風潮である。当初のシルク・ロードは西域と中国を結ぶ陸路をいった。だが、近年、この語をさまざまなルートに使用するようになっている。しかし、これでいいのであろうか。たとえば、南海ルートでは陶磁器が珍重されてきた。絹が積荷にないわけではないが、むしろ陶磁器や香料、宝石などの重要性の方が高い。その意味では、従来の陶磁の道という言葉の方が本質に近い。したがって、このような安易な語の使用は、歴史的意味を忘れさせることにはならないだろうか。絹と陶磁器の違いは、西方各国におけるアジアの産品への憧れと要求の差異とも関連していることを念頭においておかねばならない。なぜなら、それは、社会構造の差異や変化とも関連するからである。(p.139)


同感である。シルクロードという言葉に限らず、ある対象をどのように呼ぶかを選ぶ際には、その言葉にどのような理論が負荷されているかということに注意しなければならない。



 これほどひとびとが憧れた絹は、それゆえに重要な戦略物資でもあった。現在の米国が穀物や石油を重要な戦略物資としているように、かつての東ローマ帝国は絹を重要な戦略物資としていた。蛮族の酋長たちは、東ローマ帝国皇帝より下賜されたあこがれの絹をまということによって自らの権威を誇示したのである。また、東ローマ皇帝は絹を巧みに下賜することにより、これまた権力と権威を誇示したのである。(p.139-140)


いわゆる「近代国家」が成立する以前の「国家」というものは、現在の基準から見るとかなりの程度、有力者達の「家産」(一族の財産)であったと言える。それゆえに、こうした権力者個人ないし家族間の贈与関係が「国際関係」として重要な意味を持った。東アジアの朝貢関係もそうしたものであろう。

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