アヴェスターにはこう書いている?
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吉村澄代 『素顔の中国 街と人と暮らし55話』

 第三に、日本人留学生の中国の大学での留学生活の実態にも課題は多い。中国では、改革開放政策の下、市場経済の導入で、大学の経営も国家予算は極力減らされ、自助努力が課せられた。経営財源確保の手っ取り早い道が、留学生招致による外貨獲得である。そのため、留学生受け入れ政策が立てられ、漢語進修生として続々と留学生を呼びこむことになった。大学の本科とは別課程で行われる留学生課程は、とにかく外貨を落としてくれるお客さんを受け入れる特別コースである。私はその初期の短期留学課程を何度か経験しているのでよく理解できる。当初は、まだ、真面目な学生が多かったのだが、三回目の94年のときは、もうかなりひどかった。日本人学生の多くは、ただ遊びに来ているだけ。長期の人ほど生活も乱れていた。その延長線上にあるとしたら、日本人留学生の留学生活は想像に難くない。(p.94-95)


中国における留学事情についてだが、これは昨今の日本の政策を先取りしたような現象だとも言えるだろう。多少異なった状況下で似たような現象が起こっていくものと思われる。



このたび新しく改装された中国人民抗日戦争記念館に行ってみた。・・・(中略)・・・。
 ところが、今回は、中国共産党の解放闘争の歴史のそのもので、共産党の率いる新四軍、八路軍などが抗日戦争を勝利に導いた業績を主要モチーフとして強調されている。また、国民党との協力、いわゆる国共合作にも相当の力点が置かれ、統一戦線の中での国民党の存在に光を当てている。さらに、台湾、香港、マカオにおける抗日戦争を讃えているほか、インドネシア、フィリッピン、マレーシアなどの華人の抗日支援の姿まである。最後の展示室は、「歴史を鑑とし、未来に向かう」現代中国の国際連帯や外交の姿勢を、明るく未来志向でまとめている。そこには、日本の小泉首相と胡錦濤国家主席が握手する大型写真パネルもしっかりと掲げられていた。(p.154-155)


博物館や記念館などの展示内容に政府の方針が反映されやすい中国では、そうした背景があることを念頭に置いて展示を見るというのは、一つの見方であろう。

ここで示されているような国民党や東南アジアの華人との協力関係の描写は、『中国動漫新人類』で述べられていた、95年頃の愛国主義教育の転換に台湾問題が絡んでおり、欧米的デモクラシーの導入を拒否するという95年以前の文脈から、台湾の平和的統一という文脈を主軸とする形に転換したことを反映していると言えるだろう。

もちろん、「中華民族」の一体性を強調することで国内の統合を保とうとする発想とも繋がっていると思われる。



 このように、いつでもどこでも手に入る環境がこの混沌とした北京で多くの新聞ファンを守っているのかもしれない。地下鉄などで新聞を広げている姿がまだまだ健在である中国を見ながら、日本ではこういう姿がめっきり減ったのではないか、と気がついた。(p.168)


新聞が各家庭に配達されるような日本のやり方の方が世界の中では珍しいので、中国で「いつでもどこでも手に入る環境」が特殊だとは私は思わない。しかし、地下鉄などで新聞を広げる姿が日本では減ったというイメージはある。90年代あたりから、新聞の代わりに漫画雑誌をサラリーマンが読む姿が増えたことが想起された。00年代からは携帯をいじる姿になった部分もあるのだろうが…。

情報や知識をどのようなメディアからどのように得るのかという方法も次第に変わってきているということだろう。それが良い方向に転んでいるのかそうでないのかは、複数の判断基準を設定した上で、それらに基づいた研究の成果をまたなければ、何ともいえないが。



 一般に、中国で「博物館」や「記念館」とされているものには、これまである一つの傾向が見られるようだ。それは新中国成立以後の偉大な文化事業であることが強調され、旧中国で一部の特権階級に占有されていた文化遺産を民衆が取り戻したことを誇りとすることが全面に押し出されている。肝心の陳列や展示は学術的系統性や考証などもいまひとつで雑然としており、とにかく説明するだけという感じだ。それに文化財としての保存状態はかなりひどい場合が多い。(p.181-182)


いろいろな国で博物館などを見ていると、確かに中国の博物館はこうした傾向が強いかもしれない。だから、展示品の水準の割に見ていて面白いと感じることが少ない。「博物館」という文化装置自体、「国民国家」の形成と同時に成立してきた面があるため、どこの博物館でも「『自分たちの国』にはこんなに偉大な文化遺産があります!」というアピールが見られるものだが、それであっても、イギリスの博物館などは保存や補修の状態が極めて優れており、そのために相当の力が注がれていることが分かり、本当に感心・感動することが多いのだが、中国の博物館については、引用文で述べられているような学術的な考証の水準や管理の杜撰さなどがやや目に付く。

ただ、中国でも比較的良質の展示をする博物館も徐々に増えてきているのではないか、ということを先日、広州博物館の展示を見たときに私は思った。展示の内容や方法がイデオロギー的な要素が強い状態から徐々に抜け出しつつあるというのが中国の博物館の現状ではなかろうか。(その背景要因として、中国における観光の振興があると思われる。)

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