アヴェスターにはこう書いている?
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遠藤誉 『中国動慢新人類』(その3)

 「愛国主義教育」は、こうして始まり、92年4月から学習指導要領に反映されるようになった。そして94年8月に「愛国主義教育実施綱要」が発布されたが、そこに出てくる単語は「中華民族」、「伝統的中華文明」そして「革命戦争」である。決して「抗日戦争」とは書いてない。「革命戦争」の中には「国民党とともに戦った抗日戦争」も入っていれば、日本敗戦後、「国民党を敵として戦った内戦である解放戦争」も入っている。この綱要で強調されているのは、「西洋文明に過度に憧れるな。中華民族の偉大さに自信を持ち、外国追随などせずに中華民族の自尊心を堅持せよ」というメッセージであり、その心は「西洋式の民主化を直接中国に導入しようと考えるな」ということである。
 ・・・(中略)・・・。
 この時点での愛国主義教育に「反日」的な要素はまったく入っていなかった。 ・・・(中略)・・・。
 ところが……、この流れが90年代後半に入るとがらりと変わる。
 ・・・(中略)・・・。
 日本では、「中国がなぜ反日になったのか」に関して、「天安門事件により中国共産党の威信が揺らいだので、党の基盤を強化するために外敵として抗日戦争を利用し愛国主義教育を強化し始めたのだ」という言い方がされることが多く、まるで定説のようになっているが、それは必ずしも正しくないのではないだろうか。そういう筋書きで中国の「反日」の流れを解釈すると、なぜ江沢民が95年から突如、「親米」に路線を切り替えたのか、また今なぜアメリカやヨーロッパの議会に日本の戦争犯罪行為に対する対日非難決議案が広がっているのか理解できないし、2005年の反日暴動に対する正しい分析をすることもできない。
 中国が「愛国主義教育」の中に「抗日戦争」という要素を入れて激しく強調し始めたのは、95年である。天安門事件発生からこの95年という年まで「6年」という時間の開きがある。これを正視し、現在の中国を読み解くには、次項以下で示す江沢民の個人的動きを知る必要がある。(p.309-313)


「改革開放」を進めてきた中国政府だったが、天安門事件をきっかけに、政治面での「改革開放」は方向転換し、「愛国主義教育」をはじめることとなった。現在の日本の「定説」では、この際、いきなり「抗日」「反日」を持ち出したと解釈されているが、実は95年までは「反日」ではなく、欧米追随による民主化へのアンチテーゼとしての「愛国主義教育」だったし、天安門事件後に日本は率先して制裁をやめるなどしており、むしろ日本と中国の関係は悪くなかった。それが95年を境に「反日」に転換したというのが本書の見方である。「愛国主義教育」の中身は一律ではなく、時代の情勢によって変化してきたとする指摘はなかなか興味深いと同時に説得力がある。なお、この95年における転換の契機として台湾問題があるというのが筆者の見方であり、これもなかなか興味深いものがある。



 2005年4月に中国大陸で展開された、あの激しい反日運動も、そして2007年7月に慰安婦問題により米下院で対日非難決議案を通過させた力も、もとはと言えば、ここサンフランシスコの華僑華人たちから生まれたものだ。私たちは冷静に、そして慎重に、その事実を見きわめていかなければならない。
 特に、次項5で示すように、その主体の多くは、実は「反共」に燃える人権主義者たちが起こしたものであることを考えると、事態はいっそう複雑化してくる。(p.338)


ネットの力と相俟ってサンフランシスコの華僑がこうした現象の発端にいたことは知っていたが、彼らが「反共」――著者はこう書いているが、「反共産主義」というより「反共産党」という意味で捉えるのが妥当だろう――であることまでは私は知らなかった。それに関する論考は本書の考察のうちでも特に興味深い箇所でもあり、一読の価値がある。



 第二次大戦終結後、アメリカは、日本やドイツの戦犯の一部をひそかに保護していた。日本の戦犯でいうと、731細菌部隊にかかわった関東軍の一部。ナチスドイツの戦犯でいうと一部の科学者や技術者を選りすぐり、密かにアメリカへと逃亡させて匿い、冷戦構造下におけるアメリカの科学技術の発展に貢献させた。
 しかし、91年12月にソ連が崩壊して冷戦構造が消滅すると、それまでナチ戦犯探しに非常に消極的であったアメリカは、こうした戦後処理に関する機密情報をも公開せざるを得なくなった。(p.344-345)


こうした冷戦時代によって隠蔽されていた情報が公開されることが、90年代以降、第二次大戦に関する戦争犯罪などの問題がクローズアップされる要因となった。知の世界や言論の世界に与えたインパクトはかなり大きいし、それが政治的なイデオロギーのあり方にもかなりの影響を与えている。

私は以前、どうして90年代になってから急に南京事件や慰安婦問題のようなマイナーな問題が次々とメディアに報じられるのか訝しく思っていたことがあった。これに対する答えは幾つかあるだろうが、「冷戦構造」という「蓋」が開いたことは大きな要因の一つであると言える。



 その後、カナダ下院でもオランダ下院でも、つぎつぎと慰安婦問題に関する対日非難決議案が決議されている。さらにアメリカだけでなく、カナダでも、中学生や高校生が使う教科書の中に、日本の戦争犯罪を書き入れていくという決定がなされている。アメリカは州単位で決定権を持ち、それも内容によっては地区ごとに決定権が分かれていくので、全米に広がるには、まだ時間はかかると思うが、しかし時間の問題だろう。
 この運動の中心にいるのは、各国の中学や高校の歴史の教師だ。そして彼らに運動が広がるのは、ディンたちの運動に中国政府がらみの政治性がまったくないからである。中国政府がからんだ政治性がある運動だったら、欧米諸国の国民の支持など絶対に得られない。
 日本の一部のメディアは、「こうした反日運動の背後に中国政府がいる。共産政府が後ろで糸を操っている」と報道しているが、とんでもない誤解である。背後に中国政府があるどころではない。むしろ逆だ。中国政府の人権侵害に対しても抗議運動を展開している人々が中心の「人権運動」であるために、欧米のどの国でも受け容れられ、広がっていくのである。この事実を正視しない限り、問題の本質は見えてこない。(p.346-347)


メディアだけでなく、右翼的なブログなどでもこうした誤解が多く見られる。彼らは社会についての問題を考える際に、「国家」ばかりに目が行くために、「かつて日本軍が行った人権侵害」に対する批判を次のように強調して捉えるのだろう。すなわち「かつて日本軍が行った人権侵害」に対する批判として。しかし、実際のところ、行われている運動は次のように強調されるべきものなのである。すなわち、「かつて日本軍が行った人権侵害」と。

おしなべて左派ないしリベラルな人々のこの問題に対する対応は、人道・人権の立場から「対日非難決議」を妥当だと見ていると思われるので、そうであれば問題を的確に捉えていたと言える。右翼的な人々は社会を見る際に「国家」なるものに焦点化されるだけでなく、「人権」をも軽視する傾向が強いために問題を正しく捉えることができないのだろう。この見方は中国の庶民に根付いているものの見方とも共通性が強く、その意味で同位対立になってしまう傾向がある。ある意味で、彼らは相性がいいのである。

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