アヴェスターにはこう書いている?
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阿部幸夫 監修、新保龍太 著 『面白ほどよくわかる 三国志 英雄・豪傑たちの激闘の軌跡と三国興亡のすべて』

 魏の明帝が亡くなる前年、倭の女王の卑弥呼が使者を魏に送ってきた。この記事が載っている部分が、『三国志』のいわゆる「魏志倭人伝」である。
 当時、呉と遼東の公孫淵が使者をやりとりしたり、魏がそれを妨害しようとしたりと、海上で交渉がかなり活発になっていた。こうした状況が、はるか東方の海上にあった「倭」の国、日本にも影響を与え、歴史上に記録が残るようになったのだ。
 ・・・(中略)・・・。
「魏志倭人伝」を読むと、倭国の地図上の位置がずいぶん実際より南になっている。これが日本史上では、卑弥呼の国が九州にあったか近畿にあったかで大変な議論の対象となっているが、魏の立場からすれば大した問題ではない。南にあるほうが戦略上都合がよいから、そう書いたのである。
 史書を読むときには、こうした時代の状況を考慮に入れないと、場合によって大きな誤解を生む原因となる。自戒しよう。(p.218)


なるほど。



 司馬氏の一族は、それぞれ五胡の勢力を利用しようとしたが、反対に晋の皇帝が捕らえられたり殺されたりして、晋の勢力は江南に逃れる。
 江南に脱出する前を西晋、あとを東晋というのだが、なんのことはない、華北を異民族にとられて自分たちは呉の領土に移ったのである。
 これから華北は五胡の国々が乱立する五胡十六国、江南は東晋によって統一され、東晋が宋に交代してからは南北朝の時代と呼ばれる。後漢末の黄巾の乱から、隋による全土統一までの約四百年間、中国は分裂の時代だった。(p.235)


中国の歴史を捉えるとき、北と南の力関係として捉えると非常にスッキリと整理できる。

北方 魏   → 晋(西晋)     → 五胡 → 北魏 → 隋

南方 呉・蜀 → 晋(西晋)に統合 → 東晋 → 宋  → 隋に統合

そして、軍事力では当面、北方が優勢であり続けた。少なくとも、世界史的に遊牧民の軍事力が優勢であり続けていた間は。

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