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アヴェスターにはこう書いている?
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名取四郎 『地中海都市紀行 古代キリスト教美術を訪ねて』(その2)

イスラーム国家台頭に伴う古代世界終焉の激動の時代に、たとえばこの都市カストロン・メファーのキリスト教徒たちは、どのようにして、自分たちのコミュニティを守り続けたのだろう。ひとつの町にこれだけの数の教会堂、これだけ豪華な床装飾を創出しうるだけの財力を、彼らは、どのようにして獲得できたのか。(p.248)


現在のヨルダンの都市遺跡に6~8世紀の多数のキリスト教会の遺構がある。イスラーム勢力が台頭してきた時期にもキリスト教会やキリスト教徒は繁栄し続け、豊かな生活を送っていたようだ。

著者はこの事実に、ある種の驚きをもって接している。ただ、私からすると、これが驚くべきものに感じられるのは、ウマイヤ朝やイスラームの支配勢力を「イスラーム国家」として捉え、その「国家」を「近代主権国家」とある程度重ねて捉えているからではないか、と思ってしまう。

どういうことか?ウマイヤ朝は確かにムスリムが支配権を握る政府であったという点では「イスラーム国家」と呼んでもよいかもしれない。しかし、そのことは、ムスリムである支配層の支配下にある人々がムスリムであることを意味しない。むしろ、ウマイヤ朝の支配下にある人々の多くはキリスト教徒やユダヤ教徒など非ムスリムであったと想定してよいのではないか。

歴史的シリアやパレスチナに関しては、それほど詳しいことを私は知らないのだが、昨年行ってきたエジプトのカイロに関して言えば、上のような状況であった。すなわち、現在のカイロのイスラーム化が完了したとされるのは14世紀のことで、カイロにムスリムの勢力が侵入してから700年もたってからのことである。また、例えば、10-12世紀のファーティマ朝でもユダヤ教徒やキリスト教徒は政治経済分野で活躍していたことが知られている。(歴史的シリアの状況も少し調べれば既に研究があると思われる。)

確かに、支配層が専制的な権力をふるって支配層とは異なる宗教を弾圧することはしばしばあったにせよ、人々が属する政治的組織と宗教的組織とは必ずしも一致していたわけではない。このように、ある政治体に属する人に均質的な性質を見て取ろうとするところに「近代主権国家」のイデオロギーによる影響が垣間見えるように思われる。

残念ながら本家本元のビザンティン帝国の都コンスタンティノポリス(現イスタンブール)には9世紀以前のキリスト教会堂モザイク壁画はほとんど残っていない。イスラーム勢力の拡張と期を同じくして起こったイコノクラスム(聖像破壊運動)のせいである。したがってウマイヤ朝モザイク壁画は後期古代の地中海美術に息づいていた古代ヘレニズム・ローマ絵画の伝統を知るための貴重な作品といえる。(p.281、強調は引用者)


言われてみれば、イスラーム勢力の拡張とイコノクラスムの同時性は注目に値する。これらの間には何らかの関連があるのではなかろうか?少なくとも、社会勢力の変動があったことを反映しているとは言えそうである。また、いずれも原点回帰的な動きや原理主義的な動きであると捉えることもできそうであり、社会変動があることとも適合的に見える。

なかなか興味深い論点だ。ビザンツ帝国に関してはそう遠くない未来に取り組もうと思っているので、本書からは一つのテーマを収穫できた。これには意味がある。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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