アヴェスターにはこう書いている?
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一海知義 『漢詩入門』

『詩経』の「2+2」という、よくいえば安定した、悪くいえば平板なリズムとくらべて、『楚辞』は抑揚と変化のあるリズムで朗誦されます。
 この二つのリズムは、それぞれの内容とも関係しています。主として北中国でうたわれてきた『詩経』の詩は、「桃夭」の詩がそうであるように、おおむねおだやかな内容の作品が多く、南中国の『楚辞』のほうは、さきの「離騒」の短い引用からもうかがえるように、なかなか激情的で変化に富んでいます。
 そして『詩経』の詩は、結婚や田植えやとり入れ、村祭りや年貢など、日常的、現実的なことを主なテーマとしているのに対して、『楚辞』のテーマは、きわめて空想的、非日常的です。さきの「離騒」も、この地上では自分の理想が実現しそうにないので、天国にのぼって理想をかなえてくれる人物をさがすという、空想的、幻想的な内容になっています。
 また『詩経』の詩はおおむね詠み人知らずだといいましたが、『楚辞』の方はだいたいが屈原その他、作者の明らかな作品が多い。ということは、『詩経』の方はそれがうたわれている地方の特色はあっても、『楚辞』の作品のように作者個人の個性があらわれるということはありません。
 ところで、このきわめて対照的な内容をもつ南北の詩の、これまた対照的な二つのリズムが、ドッキングする時が来ます。
 それまで無関係だった二つのリズムは、秦の始皇帝の天下統一(前三世紀)によって交流し、結婚するのです。そして新しい子供が生まれます。
(p.11-12)


政治の変化が文学・テクストの変化を導くことがある。その一例である。

なお、ここで言う「新しい子供」とは五言詩である。



 こうした詩の散文化は、唐代の次の宋代にいっそうはっきりして来ます。
 また、唐代の李白や杜甫はあまり散文が上手ではありませんでしたが、宋代の詩人たちの間には、散文の名手がたくさん現れました。宋の蘇軾(1036-1101、141頁参照)や王安石(1021-86)など。彼らのことを「唐宋八大家」といい、その文章を「唐宋八家文」といいます。
 その八人の中に、宋代の六人のほか、韓愈と柳宋元という中唐の詩人が二人ふくまれていることは、たいへん象徴的です。中唐以降、詩と散文、両方に才能を発揮した、両刀づかいの人がすでに現れており、宋代にはその数が増したということです。
 また、宋代を代表する文学は詞(メロディつきの詩)ですが、そこには散文である当時の口語(話し言葉)が多く使われています。これもまた散文化の象徴でしょう。
 宋の次の元の時代には、元曲と呼ばれる戯曲(芝居)がさかんに作られますが、それは歌(詩)とせりふ(散文)がまざった文学です。一つの文学の中に詩と散文が相半ばする、そういう文学が現われたのです。
 そして次の明代以後は、散文だけの文学、明の『三国志』や『水滸伝』、清の『紅楼夢』、そして現代の魯迅の小説などが、各時代を代表する文学になります。
 詩から散文へ、それは中国文学史の大きな流れでした。白楽天はその先鞭をつけた(先駆けとなった)人物の一人だといってよいでしょう。(p.127-128)


非常に分かりやすい図式を提示してくれている。これは一種の世俗化であると私には見えた。もう少し正確に言えば、ハイカルチャーからサブカルチャーに近い方向に進展したという感じがする。

しかし、実際には詩人や文筆家の大部分はかなり高い身分をもった人たちが多かったという印象を持ている。少なくとも唐詩で私が読んでいるものは大抵が官僚の作ったものだ。これに対して、商業が発展した宋代に散文化が進むというのは適合的であり、散文化はそうした経済活動の活性化とそれによって経済的に上昇してきた社会層があったという事実を反映しているのではないかと思われる。こうした上昇してきた新興の階層(商業に従事する階層?)から科挙の合格者が増え、それが文体に影響したのではないか?中国の文学史など私はほとんど知らないから、断定はとてもできないが、一般的に歴史に見られる文化の動向に照らして、中国も他の地域とほとんど同じような動きをしているように見える。

元の元曲というは、遊牧民の文化と混合したものであるように思われる(推測)。

詳しくない分野はどうしても見えないことが多いから推測で補わないといけないところが多い。まぁ、この分野はボチボチやっていこう。

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