アヴェスターにはこう書いている?
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デイヴィッド・ヒューム 『奇蹟論・迷信論・自殺論 ヒューム宗教論集Ⅲ』
「奇蹟について」 より。

 なんという貪欲さで、旅行者達の奇蹟的な物語、海陸の怪物に関数R彼らの描写、驚異的な冒険譚や異様な人間達、また粗野な習俗についての彼らの報告が受け入れられることであろう。ところが、宗教の精神が驚異への愛と結びつくと良識は終わりをつげる。そしてこういう状況下では、人間的証言は権威への一切の主張を失う。(p.12)


情報の流通がヒュームの時代よりも遥かに多く活発になった現代でも、こうしたことは起こっている。さすがに「奇蹟」について信じられることは少なくなっていると思うが、「中国人は反日感情が強い」といったステレオタイプ的な理解は今の世の中でも容易に受け入れられていたりする。

これはヒュームの時代の旅行者達が持ち帰ったイギリスの人々から見て奇異に見える習俗についての理解の仕方と大して違うものではないだろう。上のヒュームの言葉をちょっと言い換えると、こんな感じだろうか。すなわち、無批判的な精神が自分が思っている何かを表していると思えると良識は終わりをつげる、と。

先日知った「税源移譲は増税だったのではないか」という話も、同じようなものがあると思う。「重税感」、より正確に言えば「経済的な停滞感」が蔓延している中で「隠れ増税」があったと言われれば、納得してしまうのが民心というものだろう。それに、もし、この情報が本当であれば、政府を批判したいと思っている人にも都合が良い。しかし、安易にこれを受け入れて批判してしまえば、「メール問題」の二の舞になってしまう。

近年のように情報の流通量が増えれば増えるほど、情報の無批判的な受容が重大な帰結を及ぼす可能性を増大させる。



 雄弁はその最高度においては、理性ないし反省にほとんど余地を残さない。そして空想や情動にもっぱら呼びかけて迎合的聴衆の心をとらえ、彼らの知性を屈服させる。(p.13)


これはまさに、近年のようにスケールフリー化が進んだ状況においてこそ発せられるべき警告である。



 今は忘れられているが、かつてはあれほど有名だった例の偽予言者、アレキサンダーが、彼の詐術の最初の舞台をパタゴニアに設定したのは、賢明な政策であった。・・・(中略)・・・。
 無知な国民の間で詐術を開始する利益は非常に大きいので、欺瞞が粗雑すぎて国民の大部分を仮令だましえない(これはめったにないとはいえ、時にはみられる例である)としても、遠隔の地方では、それは最初の舞台が技芸や知識で有名な都市に設定された場合よりも、はるかにすぐれた成功の機会をもつ。(p.16、本文の傍点部には下線を付した。)



ヒュームが生きた18世紀にすらこうしたことが問題になっていたことに少し驚く。逆に言えば、人間の社会は大して変わっているわけではない、とも言える。



 知者は、報告者の情念に心地よいようなあらゆる報告には、それがその報告者の情念に心地よいようなあらゆる報告には、それがその報告者の祖国、家族ないし彼自身を賛美するものであれ、あるいは何か他のやり方でその人の生来の傾向や性向に反響をおよぼすにせよ、きわめてアカデメイア派的〔懐疑論的〕信仰を向けるものである。しかし宣教師、予言者、天からの使い、として出現すること以上に大きな誘惑があろうか。これほど崇高な役割を獲得するためになら、誰でもたくさんの危険や困難に喜んで遭遇することであろう。あるいは、もし虚栄心やのぼせあがった空想の力で、ある人がまず自ら回心者となり、まじめな気持で錯覚に落ち込んだとすれば、これほど神聖で価値のある主張を支持するために、誰にもせよ敬虔な欺瞞を利用するのに躊躇しないであろう。
 どれほど小さな花火でも、この場合最大の炎をなして燃えあがる可能性がある。なぜならば、それに備えて材料がつねに準備されているからである。小耳ニハサム世間話ニ飢エテイル種族 avidum genus auricularum、物見高い大衆は、迷信を満足させ、驚異をうながすもの一切を、検討もせずに貪欲に受け入れるのである。(p.22-23)


この文章に限らず、この本の訳文は大変読みにくい。

ただ、私がここに引用したのは最後の指摘はまさに現代においても重要な示唆に富む名句だと思ったからである。

なお、花火が燃えあがるとされているのは、ウェブ上の炎上を想起させて面白かったりする。
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